作家・鈴木涼美が見た、金曜日夜のコリドー街

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ゴールデンウィーク直前の4月27日、給料日直後で誰もが浮かれるフライデー・ナイト、作家の鈴木涼美は「コリドー街」に繰り出した。東京ミッドタウン日比谷のオープンも手伝って賑わいを増す日比谷・有楽町エリアの一角であるコリドー街は、なぜいま熱いのか?

 

 

■鈴木涼美、いきなりナンパされる

 

六本木で仕事の用事を済ませた後、麻布十番のトルコ料理屋まで歩いてくだって、22時少し前に飛び乗った大江戸線は汐留駅にしか止まらないので、仕方なく歩いてたどり着いた新橋駅の銀座口ではいきなり40代後半の男に声をかけられた。それなりに綺麗なドレスを着て、マノロの靴を履いていたのに、スーツというより背広姿のくたびれた会社員が随分大胆だな、という気もしたが、そんな思いつきもさらに歩いて信号を渡った頃には深い納得に変わっていた。


そこから待ち合わせの場所であるスタンディングバーに向かう途中、声をかけてきたのは2人、片方は先ほどの男と似たようなストライプのスーツの会社員、もう片方はもう少し若いがやはりネクタイを締めたままの30代。そして私は最初のお酒に口をつけるより先に、何となく悟る。ここでは彼らが主役になれるのだ、と。


連休前の金曜日の夜はどの繁華街も混み合っているが、バーから溢れるように周囲を物色する男たち、声をかけられるのを知って受け入れたりさりげなく拒否したりしている女たちを見て、少し面食らってしまった。どんな街にも街独自の作法やルールがあるものだが、祇園とも銀座ともミナミとも六本木とも違うルールが確実に出来上がっていく音を感じる。

 

20時半、有楽町駅方面にある泰明小学校付近からコリドー街のリサーチを開始した。


コリドー街で音を鳴らして力をつけているのは、六本木で存在感を出すいかにもな業界人でもなければ、歌舞伎町のキャバクラでブイブイ言わすような輩でもない。銀座のクラブで長期にわたって大切に扱われる経営者や大企業の役員ですらない。むしろ少数派の彼らは街角に立っても日常の覇気を失ってイマイチ所在がない。水を得た魚のような態度で自由に泳ぎ回るのは、本当に普通のアオキやスーツカンパニーを着こなす、日本人の多くをしめる会社員なのだ。


スタンディングバーの外の道に張り出したテーブルで軽めのお酒を飲んでいると、前を通るスーツ男たちに独特の視線を当てられた。異色なものを見る目とも、ただ単に女体を舐めるように見る目とも違う、声をかけるか、声をかけてお酒を奢るのか、さらにその先も想像するのか、あるいは一旦何もせずにここをやり過ごすのか、見極めるような視線だ。こちらの視線の行き先や話す声の内容を敏感に感じ取り、その先の可能性を探り、目線が数秒合えば一気に距離を詰めてくる。女の子たちが伊勢丹や109やバーニーズでやっている、そんな態度とどこか重なる彼らの挙動は、物色される側のこちらから見てももはや少し楽しそうだ。


新橋の居酒屋でくたびれた顔を見せ、六本木のクラブで無理にテンションをあげ、キャバクラではあまりスマートな振る舞いを見せない彼らが、どうしてこの街の空気にすこぶる馴染み、堂々と主役の顔になれるのだろうか。「多数派」の強みはあるのかもしれないが、考えてみれば彼らは日本という国の中ですでに圧倒的な多数を誇るわけで、それだけではあまり説明した気にならない。

 


■主役は普通の日本人

女性2人組にアタックするジャケパンスタイルの男性。背後で先輩と思しき男性が待機。


出会いと楽しみを物色する彼らの視線をかいくぐって、街を歩く女の子たちに目を向けてみると、ほんの少しだけそんな謎の答えが返ってくる。制服のようにピタリと一致する服装の男たちに比べて、女の子たちのファッションは様々だ。流行のシャツワンピース、デニムスタイル、いかにもアフターファイブのスーツ、オフィスカジュアルブランドの膝丈スカート。ただ、彼女たちそれぞれが全く別の夢を追う別世界別ジャンルの道にいるかというとそうではない気もする。


夜を楽しみに街を訪れ、孤独を回避し、自分の女としての価値を確かめる。そういった意味で繁華街に繰り出す女の子たちはどこの街に行っても少し顔つきが似ている。ただ、金曜のコリドー街で人の波に流されそうになりながら、同性の友人たちとバーでお酒を頼み、時々目線や声を投げかけてくる男たちを物色し返す彼女たちには、この夜が楽しければそれでいい、といった退廃的な雰囲気は微塵もない。


積み上げてきた自分らの生活やキャリアをおろそかにせず、週明けの予定を見失わない。出会う男のその場限りの楽しさや顔やスタイルを重視するのではなく、もう一段階先の安心を欲望する。どんなに嬉しい言葉や魅力的な誘惑があっても、先の見えない楽しさが欲しいわけではない。たとえばクラブのカウンターで、たとえばホストクラブで、たとえば浮き足立った西麻布の隠れ家で、普段より少し刺激と危険の多い出会いを物色している女の子たちとの決定的な違いがそこに見える。


金曜の夜の繁華街は人に触れずに歩くのが困難で、かなり気をつけても肩がぶつかり、人とはぐれ、荷物が潰れて靴が脱げる。ただ、スタンディングバーからさらに有楽町のほうに歩いて、もっとも人の多い中心部の角のレストランの前に立っても、なぜか不思議と雑踏独特の怖さは襲っては来なかった。圧倒的な客層と治安のよさ。その安心感は、この街に集まる女の子たちが将来に向けて感じたい安心感とどこか重なるような気もする。


今より強い刺激や震えるほどの興奮に魅力がないわけではないのだろうが、金曜の夜に銀座の端のバーに足を向けるときに女の子たちが求めるのは、もう少し建設的な安心感で、だからお酒と人混みばかり行き交う街並みも、危険な香りはかなり控えめだ。ネクタイとスーツで胸元を禁欲的に隠し、いかにも建設的な仕事の歯車として誇り高く存在する男たちが、紛れもない主役になれるのも、おそらくそんな魔法のせいだ。

 


■編集部員は見た

2人組の女性に声をかけるのがやはり成功率高し。4人は「ヴァプール」に向かった。

 

成功率が高いという噂を聞きつけたのか、この日は非スーツスタイルでナンパに励む若者を多く見かけたが、一瞥してほぼ瞬殺。ここではスーツ、最低でもジャケパンが必須だ。コリドー街名物の(とされる)社章審査については、「(社章の)違いがわからない」と26歳OLが答えるなど女性が吟味しているような様子は見られなかった。あるいは社章でジャッジする実力者たちは手垢のついたコリドー街を離れて他の街に鞍替えしているのかもしれない。また「金曜の夜は雑なナンパをするライバルが多くて荒らされるので、ひっそりしている平日を狙う」(38歳男性・出版社勤務)との声もあった。(GQ編集部・神谷)


文=鈴木涼美 写真=吉澤健太

 


鈴木涼美 作家
1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。東京大学大学院学際情報学府を修了。2009年から2014年まで、日本経済新聞社に勤務したあと文筆業へ。2013年に著書『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』を刊行した。近著に、『おじさんメモリアル』(扶桑社)、『オンナの値段』(講談社)がある。

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