北尾トロが綴る、我が心の町中華

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町の中華食堂、略して”町中華”が、店主の超高齢化と、後継者不足を理由に続々と閉店に追い込まれている。町中華に関する著書がある北尾トロは、「絶滅危惧種となってしまう!」と嘆く。

 

中華料理 あさひ

おじさんたちは町中華の話が好きだ。難しい顔で仕事の話をしていても、そっち方面に話が移った途端に別人のようになる。


町中華に興味を持ったのは2014年。昔から通っていた、安くてボリュームがあって味はソコソコ、中華を名乗りながらカツ丼やカレーライスが食べられる店が閉店したことがきっかけだ。もしかしてその種の店が減りつつあるのではないか。危機感を抱いた僕は、友人たちと町中華探検隊を結成。昭和の気配が色濃く残る大衆的な中華料理屋を訪ね歩くようになった。


それまでラーメン屋とか中華屋とか、バラバラの呼び方をされていたものに、町中華というわかりやすいジャンル名がつけられると、おじさんたちは黙っちゃいられない。学生時代や駆け出しの社会人だった頃、世話になった思い出の店を熱く語りだすのである。ひとり暮らしで金もなく、将来への不安を抱えつつ食べた味は、我が青春の1ページ。そのありがたさ、腹いっぱいの満足感は、偉くなって有名店で食べる寿司よりも忘れがたいものなのだ。


おもしろいのは、出てくる店が見事にバラバラなことである。町中華は日常食だから、自宅や学校、会社の近所から気に入った店を選び、マニアックにあちこち食べ歩くものではない。まずくてもいいとは言わないが、特別に旨い必要もない。大事なのは、胃袋をドカンと刺激するパンチ力と、いつ行っても変わりのない居心地。理想は、店を出た瞬間に忘れてしまうような味だ。忘れるんだけど、しばらくするとまた食べたくなる中毒性があるとさらにいい。


まあ、だいたいあるんだけどね。ずばり、それは化調(化学調味料)。昭和30年代になって爆発的な人気を得た味の素がその代表で、かつてはどの家の食卓にも、あの赤いキャップの瓶詰めが必ずと言っていいほど置かれていたものだ。その化調をどこよりもギンギンに使っていたのが町中華だったのである。食後に舌がピリピリして、まいったなと思うのだけれど、時間が経つと共にまた食べたくなるのだ。


町中華の現状に目を向けると、その数はやはり減っているようだ。根拠となるデータもないのになぜそれがわかるのか。それは、店主たちの超高齢化と後継者不足という問題が同時進行しているからだ。


町中華の数的なピークは景気が良かった1980年代だが、その頃に40歳前後で後を継いだり独立開業した店主は、すでに70代に差し掛かっている計算。サラリーマンならとっくに定年を迎えた世代なのだ。その人たちが「もう中華鍋を振る体力がない」と思ったら閉店になってしまう。事実、この数年間のうちに、名店と言われた店がいくつも消えた。しかも、ある日突然、店主が体調を崩し、それっきりになるパターンが多く、別れを惜しむ間もないときている。


昔と違って駅前にはチェーン店がひしめき合い、値段では太刀打ちできなくなっている。また、麺類から飯類、単品、セットメニュー、定食までの多彩なメニューを廉価で提供するスタイルは、食材のロスが出やすく儲かりにくい。それでもやるならラーメンやつけ麺の専門店のほうがいいと店主たちは口を揃える。


このことから導かれる答えはひとつ。近い将来、町中華は絶滅危惧種となってしまうということだ。それはいつなのか。これまでは2020年の東京オリンピックで引退したいと漏らす店主が目立っていたが、最近は天皇陛下の退位を区切りにしたいという人も出てきた。もはや時間はない。食べるなら今のうちだ。


味の好みはそれぞれ。そんなもので優劣をつけるなんて野暮だけど、どこがいいかと聞かれたときは”あの頃”を思い出させてくれる佇まいや”メニュー”のある店を紹介している。


レバニラ炒めが群を抜く下北沢の「中華丸長」。老舗でありながら研究熱心、後継者も決まって当分安泰の浅草「中華料理 あさひ」。創業時の味にこだわる、タンメンや中華丼好きにおすすめの新馬場「あおた」などは、店に入った瞬間、昭和にタイムスリップしてしまうこと必至のいいムードを醸し出している。肉がぎっしり入った「すずき」の焼売には上品さが漂うし、神保町「康楽」の何を食べても及第点という安定感も頼もしい……。

そして、できればおじさんたちにトライして欲しいのは、”我が心の名店”再訪だ。かつて馴染んだ町を歩き、暖簾をくぐり、あの頃と同じものを注文する。そのとき、昔通ったことを伝えるのだ。そういう客がやってくるのが何よりの楽しみ、という店主は多い。もしも、その一言が励みとなって商売を続ける意欲を持ってもらえたなら、腹ペコ野郎だったときに胃袋を支えてくれた町中華に対する恩返しにもなるではないか。


北尾トロ
フリーライター
1958年福岡県生まれ。30歳前に、北尾トロのペンネームで『別冊宝島』『裏モノの本』などに執筆し始める。町中華探検隊(北尾トロ、下関マグロ、竜超)との共著『町中華とはなんだ—昭和の味を食べに行こう』(立東舎)ほか、『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか』(文春文庫)、『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』(幻冬舎文庫)などの著作がある。

 


 

中華料理 あさひ

 

大正生まれの祖父が開き、今は4代目が暖簾を守り、手伝う息子がやがて5代目を襲名する町中華だ。淡麗だが、コクもあって奥深いスープは祖父から引き継いだ伝統の味。鶏ガラと豚足だけでダシを取る製法を頑なに貫いている。中華そば (600円)でそのスープを味わえば、ひと口で安堵の吐息が漏れるほど。チャーシューのほか、ナルトも入って古式ゆかしい炒飯(750円)も期待を裏切らない旨さ。一方で創意工夫に余念のない4代目はこうした伝統をベースに、たとえば、パクチーそばなど斬新なメニューも定期的に考案。伝統と今が共存する希有な町中華として異彩を放つ。

中華料理 あさひ

東京都台東区浅草3-33-6
☎03-3874-4511
営11:30〜15:00/
17:00〜21:00
㊡月曜・第3火曜


 

あおた

 

入口を開けると、赤いテーブル席にカウンター、膝元の荷物置きには週刊漫画の山。まさに昭和町中華の正しき姿といえる光景が広がる。厨房ではピシッと決めたリーゼントが印象的な店主の青田公伯(まさのり)さんが毎日鍋を振り、優しい笑顔の母親が料理を運ぶアットホームな雰囲気。先代(父)の時代から味を守り続けているという中華丼(650円)は、豚バラや白菜、シイタケ、カマボコ、モヤシなど、具だくさんな一皿で、とろりとした熱々のあんとご飯とのバランスも丁度良い。「あんが熱いから火傷しないでね」。そんな言葉をかけてくれる気遣いに思わず心が和む。

 

あおた

東京都品川区東品川1-35-3
☎03-3471-4660 ※出前不可
営11:00〜15:00/
17:30〜20:00
㊡日曜・祝日
※年内改装予定


 

康楽

昭和41(1966)年に開店した「康楽」は、父の宮下光雄さんと息子の達雄さんのふたりが毎日鍋を振る、家族経営の古き良き昭和の中華料理店。店名を冠した康楽定食(790円)は、にんにく醤油ベースのキャベツと豚肉の一味炒め。マヨネーズを付けて頬張れば、ぐんぐんご飯が進む人気定食だ。昔、洋食を提供してきた名残からかカレー(590円)を提供するのも町中華の正しい姿。「昔は大学生が多かったけれど、街の開発で客層も変わってきたね」と話すが、近隣住民が集まり、談笑する憩いの場的な存在。メニューも豊富、味も安定、価格も良心的。愛すべき大衆の味方が神保町にある。

康楽

東京都千代田区神田神保町1-35
☎03-3291-7596
営11:00〜15:30/18:00〜20:30
㊡日曜、祝日、第2土曜


 

すずき

開店は2003年と町中華のなかでは新参者かもしれないが、店主の鈴木栄八さんは築地場内の老舗「やじ満」で22年もの間、腕を振るってきた職人。当時から三河島界隈に住み、「ずっと行きつけだったスナック(笑)」を改装して独立した。そんな店舗だから、昭和の香りも濃厚に漂う。名店譲りのシューマイはタマネギのシャリシャリした食感が心地良く、肉汁もじんわり。中濃ソースで食す点は「やじ満」と同じだが、4個で 400円と値段はかなり良心的だ。3月には早くも常連が求める冷し中華(750円)も、申し分ない仕上がり。甘く、酸味を抑えた味わいは食べやすく、愛される理由がわかる。

すずき

東京都荒川区東日暮里3-22-7
☎03-3807-0044
営11:30〜14:00/
17:00〜22:00
㊡第2・4月曜

 

文=北尾トロ(本文)、田代いたる、小泉竜太郎(店舗)

写真=上田佳代子

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