【今週の大人センテンス】高校野球広島大会の選手宣誓で語られた無力感と決意

話題

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第103回 あえて野球をやることの意味

 

「どんな状況も克服し、それを乗り越えて挑戦します。それが野球だから」by田代統惟主将(広島県立安芸南高等学校野球部)

 

【センテンスの生い立ち】

17日に始まった高校野球広島大会(正式名称は「第100回全国高校野球選手権記念広島大会」)。7日からの予定だったが、豪雨災害による被害の影響で延期され、全国でもっとも遅い開幕となった。第1試合の選手だけが集まった開会式で、選手宣誓を行なったのは安芸南の田代統惟(とうい)主将。災害前に準備していた宣誓文ではなく、「自分たちの今の気持ちを伝えなければならない」とメッセージを書き直して、強い決意を語った。

 

【3つの大人ポイント】

  • 迷いや葛藤を乗り越えてこの場に立っている
  • 自分がやれることをやる大切さが伝わってくる
  • スポーツが持つ力や意味を考えさせてくれる

 

西日本を中心にまたまた大きな豪雨災害がありました。17日午後1時45分時点の警察庁のまとめでは、1府13県で計223人の犠牲者が確認されています。浸水被害に遭った家屋は約4600戸。被災地では地元の方やボランティアの方が復興作業に取り組んでいますが、猛暑との厳しい戦いを強いられています。

 

もっとも犠牲者が多かった広島県で、17日に高校野球広島大会が始まりました。選手宣誓をしたのは、抽選会で「1番」の札を引いた県立安芸南高等学校野球部主将の田代君。自宅周辺も大きな被害を受け、友人たちと土砂の撤去に汗を流しました。仲が良かった中学の同級生が行方不明という知らせを受け、捜索にも加わります。そんなつらい出来事を経て迎えた10日遅れの開会式。田代君はすでに決めていた宣誓文ではなく、「自分たちの今の気持ちを伝えなければならない」と書き直し、次のように話しました(抜粋)。

 

宣誓

 今日、ここに大会が開会されること、野球ができることに感謝します。

 7月6日、記録的な豪雨が西日本を襲いました。多くの命が失われ、今も被災されている方々もいます。亡くなられた方々に哀悼の意を表します。

 とにかく行動せずにはいられませんでした。その中でどうにもならない無力感も感じました。今なお困難な状況にある仲間もいると思います。

 しかし、私たち一人ひとりにとって、選手権大会は、一回きりのかけがえのないものです。どんな状況も克服し、それを乗り越えて挑戦します。それが野球だから。

 今回は、私たちの成長、私たちの闘う姿を見てもらう大会です。被災された方々に勇気と力を与えられるように全力でプレーします。

 

田代君の心情を詳しく描いた新聞記事。「選手宣誓」の全文も読めます。

乗り越える、それが野球 西日本豪雨で延期の高校野球広島大会開幕 友が不明の主将、選手宣誓(7月17日付「朝日新聞」夕刊)

 

大会が始まる前、彼は「野球をやっている場合じゃない」と思ったとか。出場しているすべての選手が、心にそういう思いを抱いているかもしれません。この夏、いろんな思いを抱えながら戦ったことは、彼らにとって大きな糧となるはず。「どんな状況も克服し、それを乗り越えて挑戦します。それが野球だから」というセンテンスには、彼らが受けたショックの大きさや、でも野球をやろうと決意するに至った葛藤の深さが表われています。

 

高校野球だから全国ニュースになりましたが、こうした葛藤を抱えてしまうのは、ほかのスポーツでも、スポーツ以外でも同じ。被害を受けた地域の多くの高校生が「今、こんなことをしていていいんだろうか」という思いを抱えつつ、部活動や受験勉強をがんばっていることでしょう。もちろん復興のために汗を流すのは、とても素晴らしいことです。しかし、そうしていないからといって後ろめたさを覚える必要はありません。

 

遠く離れた場所に住み、今回は直接の被害を受けなかった私たちも、報道に接すると冷静ではいられなくなります。「何かできることはないか」「何もしないでいいのか」という思いに駆られますが、闇雲に駆けつけたり必要のない支援物資を送りつけたりしても、かえって迷惑をかけるだけ。装備を整えて情報も確認した上で、現地に行ってボランティア活動に汗を流している方々には本当に頭が下がります。しかし、多くの人にとって、すぐにできるのは募金ぐらいだし、すぐに何かするばかりが支援ではありません。

 

大きな災害があるたびに同じことが起きますが、「何かしたい」「でも何もできない」という焦りが暴走するのか、ネット上ではトホホな光景が繰り広げられます。いわゆる「不謹慎狩り」に精を出す人がいたり、芸能人の言動の揚げ足を取って批判したり、頓珍漢な呼びかけをする人が現われたり(お金よりも千羽鶴を送って気持ちを伝えましょう、とか)、それをムキになって叩くことで己の正しさを実感しようとしたり……。どれも、災害というニュースを消費してお手軽な自己満足を得ようとしているという点では、同じ穴の狢です。

 

高校野球からちょっと話がそれましたが、高校球児たちにとっては、野球こそが「今、自分にできること」に他なりません。そして、宣誓にあるように、全力でプレーすることが「被災された方々に勇気と力を与えられる」方法です。それこそスポーツが持つ力であり、スポーツの意味はそこにあると言えるでしょう。昨夏の全国準優勝校である広陵のエース森悠佑投手も、野球をしていていいのだろうかという迷いを抱えながら開会式に臨みましたが、選手宣誓を聞いてモヤモヤが吹っ切れたとか。「ええ言葉でした。優勝して、(被災した方に)少しでも笑顔になってもらえるようにしたい」と語っています。

 

私たちも高校球児たちを見習って、今自分がやれること、すべきことに全力を尽くしましょう。無力感や後ろめたさを抱えすぎると、ロクなことになりません。そして、今は西日本の豪雨被害に胸を痛めていても、そのときは激しく胸を痛めた熊本地震や東日本大震災、あるいはさまざまな災害については、普段はほぼ忘れているという事実にも目を向けたほうがいいかも。あくまでも「人間はそういうもの」という前提で、だからこそ謙虚に真摯に、支援にせよ自分の仕事にせよ、今できることをがんばりたいものです。

 

 

【今週の大人の教訓】

心の底から振り絞った本気の言葉は、必ず聞いた人の心を揺さぶる

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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