【ヘンなアニメ会社・タツノコプロの秘密】“無の状態”からアイディアを生み出すコツは…散歩、風呂、お酒?

エンタメ

日本を代表する歴史あるアニメスタジオ「タツノコプロ」。1962年の設立以来、アニメ界を彩ったエピソードは事欠かない。設立時からタツノコプロに深く関わってきた、ささやきレポーターこと笹川ひろし氏が綴った黎明期の様子のエッセイと、当時の資料とともに届けるのが本連載だ。

 

第三回となる今回は、テレビアニメのアイディアが生まれる現場「企画会議」について紹介しよう。東京のスタジオを離れての合宿。何泊もして徹底して話し合う。一体、そこでどんな議論がされていたのか。さっそくのぞいてみよう。

 

 

~第三回:泊まり込み! 合宿形式の企画会議を敢行(1966年)~

昔、昔、ちょっと昔・・・、タツノコプロでは、他の原作者の(雑誌連載漫画等)作品の企画はせずに、オリジナル作品を創ろうとした。

 

何の制約も無い、真っ白な無の状態から新作品を生み出そうという発想だ。そのための企画メンバーが組まれて、スタジオを離れ湖畔亭とかいう宿に何日か泊まり込みで企画の作業をしたのだ。

 

メンバーは吉田社長たち兄弟、アニメーター、シナリオライターなどなど。筆記用具をテーブルに広げて、さて・・と頭を抱えて知恵をしぼる。無の状態から、物語の全体構想、キャラクター、ストーリーと考えて行くのだが、容易なことではない。直ぐには名案が浮かばない。

 

そこで、湖畔の周辺を散歩したり、お風呂に入ったり、食事・・の前にお酒をチョットだけ・・。でも良いアイディアはなかなか出てこない。

 

そればかりか、お腹も膨れて浴衣からはみ出して、ぐでーっとなっている人もいて。良い作品の誕生とはほど遠い雰囲気だ。

 

それを見て、ついに笹川監督のいやみが一発が出る。

 

「狸みたいな腹、出さずに、アイディア出してくださいよ!」

 

 

メンバーは、お腹抱えて大笑い。

 

場は和んで、名案が次々と浮かんで名作がまとまったのだ。

 

 

文・イラスト:ささやきレポーター(笹川ひろし)

 

■社長自ら参加する合宿形式の企画会議

1968-69年の『ドカチン』は『おらぁグズラだど』に続くタツノコのギャグ作品の第2弾

この時代の合宿形式の企画会議は、タツノコプロならではのスタイルだった。もちろんテレビアニメの企画会議というもの自体も、当時は始まったばかり。新しいものを積極的に取り込んでいたタツノコプロがここでも新たなアプローチを生み出したのだ。

 

エッセイによれば、当時の参加メンバーは、吉田竜夫社長をはじめ、監督、アニメーター、シナリオライターなどである。

 

スタジオの社長が自ら企画を引っ張るのもタツノコ流だ。それもそのはず、第一回の連載でも伝えたように、社長の吉田竜夫氏も、弟・吉田健二氏、吉田豊治氏(ペンネーム:九里一平)、そして笹川ひろし氏本人も漫画家出身である。絵は描けるし、アイディアを捻りだすのも得意だ。互いのクリエイティブをぶつけ合う喧々囂々の様子は、容易に想像できるだろう。

膨大なアイディアを集約させたものとはいえ、企画書はシンプルでわかりやすいのが重要

 

 

■アニメの出発点「設計仕様書」となるのが企画書

ところで、そもそもアニメの企画とはなにかイメージできるだろうか? アニメのすべての出発点と考えれば、わかりやすい。制作の実務についてわからないことだらけのなかアニメーション制作に乗り出した第1作『宇宙エース』の際にも、企画と設定だけはきちんと揃っていたという。つまり、アニメーションを作るうえで要となる設計仕様書のようなものが企画書だ。

 

かたちは様々だが、そこには「作品の意図」「概要」「ターゲット」「世界観」「あらすじ」「キャラクター」が明確に示される。何がなくとも、これだけあれば次に進めるというわけだ。しかし……

 

無の状態から、物語の全体構想、キャラクター、ストーリーと考えて行くのだが、容易なことではない。直ぐには名案が浮かばない

 

笹川氏がエッセイで綴ったように、出発点は“無の状態”。それだけにきちんとした企画を生み出さないと後から大混乱する。そして勿論、重要なのは視聴者を引きつける斬新なアイディアだ。そこでタツノコプロの面々は、じっくりと話し合い、最高のものを創り出すための合宿の機会を設けたというわけだ。

 

 

■アイディア製造工場

タツノコプロの企画の最大の特長は、オリジナルアニメだということ。オリジナルアニメとは、漫画などの原作を持たないテレビアニメのための企画作品。いまも昔も、オリジナルでゼロから企画を考えるのは大変だ。キャラクターや世界観を何もないところから創る必要がある。原作がある作品に較べて企画に費やす時間も長くなる。しかも漫画などでヒットした実績がないから、視聴者から支持されるかは放送してみなければ分からない。リスクしかない。

 

しかし、タツノコプロが誇るこのオリジナル作品の本数の多さはどうだ。第1作『宇宙エース』、第2作『マッハGoGoGo』、さらに『おらぁグズラだど』『ハクション大魔王』『昆虫物語 みなしごハッチ』『科学忍者隊ガッチャマン』『新造人間キャシャーン』『タイムボカン』……。ヒット作の多さも際立つ。それはアイディアたっぷりのメンバーが、合宿を通じて企画を練りに練った過程と無関係なはずはないだろう。

 

1967年制作の『マッハGoGoGo』は1997年にリメイク版が放送。2008年には『Speed Racer』としてハリウッドの実写映画にもなった

 

オリジナルアニメ企画は、その後のタツノコプロの強さになっていく。オリジナル作品はたびたびリメイクされ、さらに実写映画化も果たし、現在に至る数十年のあいだ人々を楽しませ続けている。その所以は、当初からのしっかりしたストーリーと世界観、設定を持つ骨太な企画にある。

 

タツノコプロの企画会議は、まさにアイディア製造工場。55年あまりの時を経た“いま”につながる重要な礎だったのである。

 

『おらぁグズラだど』オリジナルのギャクアニメ第1作。原作は笹川ひろし氏だ

以降の連載では、そんな数々の人気タイトルの企画がどのように生まれてきたのかを、さらに詳しくご紹介する。もしかすると、あなたが強く思い入れのあるタツノコ作品についても、お話ができるかもしれない。お楽しみに。

 

つづく

 

第一回:吉田三兄弟との出逢い・会社設立(1962年)

第二回:ついにアニメ制作。それは冷房もない社屋で始まった(1965年)

 

©タツノコプロ

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アニメジャーナリスト

数土直志

ジャーナリスト。国内外のアニメーション関する取材・報道・執筆を行う。また国内のアニメーションビジネスの調査・研究をする。「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など...

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