賛否両論「高輪ゲートウェイ駅」誕生! ところでカタカナ駅名の歴史を紐解いてみると…

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JR東日本が山手線、京浜東北線の田町駅と品川駅間に建設中の品川新駅について、このほど駅名を公表した。その名は「高輪ゲートウェイ駅」。カタカナ混じりの当世風(?)の駅名だが、愛称ならともかく正式駅名とすることには、批判の声も少なくない。日本の駅だから漢字のしっかりした駅名を望む人も多いのではないだろうか?


もっとも、新駅は、グローバルゲートウェイ品川という再開発エリアの玄関駅なので、そのエリア名からゲートウェイという文字を採り入れたことに一応の説得力はあろう。むしろ、品川ゲートウェイとすると本物の品川駅と混乱するであろうから、敢えて高輪という地名をいれたのも、一般公募の投票第1位が高輪であることを考慮したものと推察すると分からなくはない。


それにしても、最近、カタカナ混じりの駅名が多いのは驚くべきことである。東急田園都市線の南町田駅が2019年に、南町田グランベリーパーク駅と改称予定であるし、品川周辺に限ってみても、りんかい線に品川シーサイド駅がある。りんかい線には、東京テレポート駅天王洲アイル駅もあり、カタカナ駅名がお好みのようだ。いずれも、再開発エリアや複合商業施設などの名称を採り入れたという点で共通点がある。


つまり、再開発エリアは都市計画と絡んでいて、親しみやすく、一般の理解を得たいがために、堅苦しさを和らげる意図で(そこが役所らしいのだが)、敢えてカタカナ名、それもよく分からないような名称を付けているのだ。怪しげなカタカナ名、それも長ったらしい横文字を使いたがるのは、役所の都市計画や経済政策、それにIT関係の専売特許といってもよく、それが回りまわって駅名にも影響しているのではないだろうか?

 

 

■国鉄時代はハードルが高かった…

 

 

そもそも、カタカナ駅名の起源は?と歴史を紐解いてみると、国鉄(現・JR)に関しては、北海道を走る函館本線のニセコ駅が第1号だと言われている。もともとは真狩(まっかり)駅、その後改名して狩太(かりぶと)駅だった名称を、ニセコ積丹小樽海岸国定公園指定に伴いニセコと改名して観光客を呼び寄せたい地元の希望がきっかけである。当時の国鉄は頭が硬かったので、正式の地名でもなく、しかも怪しげなカタカナ名など受け入れる素地はなく却下された。とはいえ、ニセコは怪しげな名前などではなく、ニセコアンヌプリという主峰に由来する正しき名前だった。アイヌ語に由来する地名は、明治以降、音声を元に漢字が当てられたのだが、ニセコに関しては漢字名が定着せず、カタカナで通用してきた歴史がある。自治体の名称ならカタカナ名でも受け入れられるということもあって、地元は、まず町名を狩太町からニセコ町に変更した。そして国鉄への働きかけが実って、1968年4月1日、国鉄で初めてのカタカナ駅名ニセコ駅が誕生したのである。


その後、1974年には琵琶湖西岸を走る湖西線にマキノ駅が誕生。これも駅のあるマキノ町に因むものであった。国鉄分割民営化直前の1987年2月には、北海道の石勝線にある石勝高原駅をトマム駅に改称した。地名は苫鵡(とまむ)であるが、当時のアルファリゾート・トマムの最寄り駅だったことや民営化を直前に控えて、頭がかなり軟らかくなっていたので受け入れられたものと思われる。

 

 


JR誕生後は、お硬いことは言わなくなったためか、全国のJR線にカタカナ駅名が誕生している。それも由緒正しき地名から採ったものではなく、レジャー施設、商業施設やニュータウンに由来するものばかりだ。海水浴場・池の浦シーサイドパークにちなむ臨時の池の浦シーサイド駅(参宮線、三重県、1989年開設されたものの現在は休止中)、オレンジタウン駅(JR四国高徳線、JR四国の関連会社開発の住宅団地オレンジタウンの最寄り駅ということで1998年3月に開業)、スペースワールド駅(鹿児島本線、1999年7月にテーマパークの最寄り駅として開業、2018年にテーマパークは閉園した)、テーマパークUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の最寄り駅ユニバーサルシティ駅(JR桜島線、大阪市、2001年開業)、商業施設の最寄り駅越谷レイクタウン駅(武蔵野線、埼玉県、2008年開業)など枚挙にいとまがない。私鉄や地下鉄、新交通システムの駅に至っては数えきれないくらい存在するので割愛する。

 

 

■カタカナ駅名は欧米文化崇拝主義!?

 

 

確かにレジャー施設や商業施設の名称にカタカナ名が数多く存在し、その最寄り駅ということで新駅にはカタカナ駅名が付けられる。その一方で、東京スカイツリーの最寄り駅ということで、由緒ある業平橋(なりひらばし)駅をとうきょうスカイツリー駅と改名したのは、利便性だけで片付けてよかったのかどうか?伝統ある地名は文化遺産でもあるので、大切に取り扱って欲しいと思うのは私だけではあるまい。そのような声も少なくなかったせいか、駅名標に小さく(旧業平橋)と記されているのが救いではある。


駅名に限らず、欧米の言語に由来するカタカナ名がカッコよいと思うのは、新しいトレンドではなく、明治の鹿鳴館時代から脈々と続く、欧米文化崇拝主義の表れではないのだろうか?駅名の話題から、日本人の心のありかたが見えてくるのは興味深いことである。
 

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旅行作家

野田隆

1952年名古屋生まれ。長年、高校で語学を教える傍らヨーロッパと日本の鉄道紀行を執筆。2010年、早期退職後、旅行作家として活動中。著書に『テツ道のすゝめ』『テツに学ぶ楽しい鉄道旅入門』『テツはこんな旅をして...

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