【中年名車図鑑|2代目 三菱デボネアV】“走るシーラカンス”は韓国の要望で生まれ変わった!?

車・交通

大貫直次郎

1964年にデビューして以来、基本的なスタイルを変えずに生産され続けた三菱自動車工業のフラッグシップモデルであるデボネアは、1986年になると初の全面改良を実施。“V”のサブネームを付けた第2世代の「デボネアV」に移行した――。今回は“FFニュークラシック”を謳って登場した2代目のスリーダイヤ旗艦車の話で一席。

 

 

【Vol.104 2代目 三菱デボネアV】

三菱自動車工業のフラッグシップセダンで、“快活”や“やさしい”、さらには“気品のある”“風格を持つ”という意の車名を冠した初代デボネア(DEBONAIR)は、1964年6月の発売以来、基本的な姿を変えずに1980年代半ばに入っても生産され続けていた。頻繁なモデルチェンジが繰り返される国産車群の中にあって、三菱自工のその姿勢は異質。ユーザーは三菱グループの関係者がメインとなり、80年代には現車を街中で滅多に見かけなくなる。古くから生き延びていて、しかもなかなか遭遇しない……そんな状況から、デボネアには“走るシーラカンス”というありがたくないニックネームがついていた。

 

 

■韓国の事情を踏まえて新しい旗艦モデルを企画!?

 

 

当時の三菱自工の関係者によると、「決してモデルチェンジの企画があがらないわけではなかった。ただコストの面から考えると採算をとれる可能性が少なかったので、ことあるごとに棚上げになっていた」という。このまま旧態依然としたデボネアを造り続けるのか……。ここで思わぬ要請が隣国の大韓民国から届く。当時、提携関係にあった現代自動車から「高級乗用車を開発してほしい。そして、そのクルマを韓国でノックダウン生産したい」と打診されたのだ。韓国では1988年にソウルオリンピックが開催されることが決定していた。国としては、VIPを送迎する新しい高級車がほしい。しかし、現代自動車ではその開発ノウハウがない――。最終的に現代自動車の首脳陣は、三菱自工に新しい高級車の開発を要請したのである。


開発費用の一部を現代自動車が負担するということで、コスト面での打開策を見い出した三菱自工の開発陣は、さっそく新しい高級車の企画立案に乗り出す。基本骨格は1983年8月にデビューした3代目ギャラン∑(ギャランとしては5代目)のFF用プラットフォームをベースに、ホイールベースの延長(2735mm)やエンジンルームの改良、サスペンション(前マクファーソンストラット/後3リンク)セッティングの見直しなどを実施することに決定。開発中の電子制御式サスペンション(ECS)や4輪アンチスキッドブレーキといった先進機構も積極的に盛り込む。高級車の肝となる内装のアレンジについては、新たに設計図を起こした。

 

 

一方、搭載エンジンに関しては開発陣の悩みの種となった。新しい高級車は三菱自工のフラッグシップモデルとなるだけに、エンジンが2Lクラスの直列4気筒では物足りない。しかし、コスト面を踏まえると、新たな6気筒エンジンの開発は難しい……。ここでまた、開発陣に朗報が届く。現代自動車と同様に、当時提携関係にあったアメリカのクライスラー社から、新6気筒エンジンの開発と生産を請け負うことが決まったのだ。これで新たにエンジンを開発しても採算がとれる――。開発陣は鋭意、高級車に搭載する新6気筒エンジンの設計を推し進める。形式は広い室内空間が確保できるV型6気筒(Vの角度は60度)OHCに決定。当時の三菱自工の最新機構である層流燃焼も採用した。排気量については2972cc(6G72型、150ps)のほか、5ナンバー規格を欲するユーザーを考慮して1998cc(6G71型、105ps)を設定する。また、トランスミッションには電子制御のOD付きELC4速ATを組み合わせた。

 

 

■キャッチフレーズは“FFニュークラシック”

 

 

三菱自動車工業の新しい旗艦モデルは、まず1985年開催の第26回東京モーターショーで参考出品され、翌1986年7月に市販版が登場する。車名は「デボネアV」。VはVIP(要人)やVICTORY(勝利)、そしてV型エンジン搭載車であることを意味していた。車種展開は全長4865×全幅1725mmの大型ボディに6G72型エンジンを搭載するロイヤル系のほか、5ナンバーサイズ(全長4690×全幅1695mm)のボディに6G71型ユニットを積んだスーパーサルーン系およびLGグレードが用意される。また、デボネアVは当初の予定通りに現代自動車でノックダウン生産され、「ヒュンダイ・グレンジャー」として韓国市場に放たれた。


約22年ぶりで新型に切り替わったデボネア。しかし、ユーザーにインパクトを与えたのは「22年ぶりのフルモデルチェンジ」くらいで、“FFニュークラシック”というキャッチコピーを冠した直線基調のスタイリングや内装デザインなどは地味な印象に終始した。1980年代中盤は“ハイソカー”と呼ばれる華やかな4ドアハードトップ車が人気を集めはじめていた時代。ハイオーナーカーの定番をいくデボネアVのアレンジは、市場の興味をあまりそそらなかったのである。

 

 

■個性的な手法で車種設定を拡大

 

 

内外装は地味めだったデボネアVだが、デビュー後に実施された車種追加やマイナーチェンジの内容は、意外なほど“派手”だった。


まずデビューと同時期に発表され、後に販売に移された「3000ロイヤルAMG」は、メルセデス・ベンツのチューンアップメーカーとして名を馳せるAMG社が手がけたドレスアップモデルで、専用エアロパーツやアルミホイールなどを組み込んでスポーティに演出する。1987年2月になると、スーパーチャージャー付き6G71型エンジン(150ps)を搭載した車種を追加。同年7月には、愛知三菱自動車販売がプロデュースした「リムジン」(全長5465mm/ホイールベース3335mm)が発表される。1988年5月には、英国の有名ファッションブランドであるアクアスキュータムと提携して内装を仕立てた「2000スーパーチャージャー・アクアスキュータム」を発売した。さらに同年8月には装備充実のエクシード系を、翌89年4月にはスポーティ仕様のツーリング系をリリースする。1989年10月になると、大がかりなマイナーチェンジを実施。3lエンジンは従来のOHCからDOHC24Vのヘッド機構に一新(最高出力は210ps)し、同時にトランスミッションやサスペンションの見直しも図る。内外装もより豪華に仕立て直された。


内外装からエンジンに至るまで、インパクトの強い様々な改良を施していったデボネアV。初代と同様、2代目もシーラカンス化するかと思われたが、1992年10月にはフルモデルチェンジが行われ、Vがとれた第3世代の「デボネア」に移行したのである。
 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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