【高木ブーに学ぶ】誰にだって必ず自分に向いた“役割”がある

エンタメ

もしもシリーズ。

もしも高木ブーが「俺はドリフのリーダーになりたい」「加藤や志村ばっかり目立ってズルイ」と思ったら……。

たぶん、答えは「ドリフは崩壊する」です。高木ブーは高木ブーでいてくれないと、あの面白いコントは成立しません。

 

『8時だョ!全員集合』『ドリフ大爆笑』など、ザ・ドリフターズの一員として活躍した高木ブー。86歳になった今もますます元気です。最近はウクレレ奏者として引っ張りだこ。全国各地のステージに出演し、華麗な歌と演奏と味のあるトークで観客を魅了しています。

 

私たち50代にとって、ザ・ドリフターズは神様のような存在。コントの中での高木ブーは、前に出る加藤茶や志村けんの脇で、控え目な立ち位置をキープしていました。大人になった今だからわかりますが、それはとても大切な役割です。前に出る役割も後ろで支える役割も、どちらが大事でどちらが偉いというものではありません。その前提は、会社にせよ学校にせよ趣味の集まりにせよ、どんなチームやグループでも同じです。

 

 

■出版イベント『家族史だョ!全員集合』にゲストで登場!

 

 

そんな憧れの高木ブーさんが、なんと私の本の出版記念イベントにゲストで来てくださいました。ああ、こんなことが現実に起きていいんでしょうか。その本とは『思い出を宝ものに変える 家族史ノート[一生保存版]‐平成と昭和の記録が明日の希望になる』(ワニ・プラス)です。これから始まる「令和」をさらに楽しく実り多く過ごすために、ここらでひとつ、自分の人生を振り返ったり家族との絆を再確認しようというご提案です。

 

ブーさんは3月に86回目の誕生日を迎えました。そのときに娘のかおるさんが、この本を誕生日プレゼントのひとつとしてブーさんに進呈。すっかり気に入ったブーさんがご自身のインスタグラム(@bootakagi85)に「昭和から平成の色々な出来事の横に自分の歴史を書く事が出来ます。写真を貼るのもいいかもしれないなぁ。ちょっと楽しみになってきました」と書いてくださったことをきっかけに、今回のイベントが実現しました。

 

そしていよいよイベント当日。「家族」をテーマにしたブーさんの生トーク、そしてウクレレの生演奏&生唄もあるとのことで、東京・八重洲ブックセンター本店のイベント会場にはドリフ世代を中心に大勢の美男美女が押し寄せました。前座である私が、いちおう本の成り立ちや使い方を説明したあと、いよいよブーさん登場!

 

ご持参の『家族史ノート』には、インスタでコメントしてくださったとおり、子どもの頃の写真から結婚式当日の写真、生まれたばかりのお孫さんを雷様の姿で抱っこする写真、昭和41年にザ・ドリフターズがザ・ビートルズの日本公演の前座を務めたときの写真など、貴重すぎるショットがぎっしり。訥々と語ってくださったお話も、若かりし頃の恋愛秘話からドリフという“家族”への思いなど、会場をわかせつつジーンとさせる充実の内容でした。

 

 

■「第5の男」としてドリフを盛り上げてきた自負

 

 

ブーさんは、ドリフの中で自分は「第5の男」だったと言います。もちろん、それは自分を卑下しているわけでも不満があるわけでもありません。2003年には『第5の男 どこにでもいる僕』(朝日新聞社)というタイトルの自伝本も出版しました。ドリフ初期の頃、リーダーのいかりや長介さんが「カトちゃんを前面に押し出していこう」という方針を決断。前に出るカトちゃんをほかの3人が支えるという図式が出来上がりました。

 

そして、その狙いは大当たり。のちに志村けんさんが入ってからも、ブーさんは目立たない役割に徹することで、ドリフ全体を盛り上げました。以前、雑誌でインタビューをさせてもらったとき、ブーさんは「僕みたいにセリフ覚えも悪い、華があるわけではない男でも、果たせる役割がある。そのことに誇りを持っています」と言っています。

 

いかりやさんからドリフに誘われたときに、背中を押してくれたのは、25年前に58歳の若さでこの世を去った奥さんの喜代子さんでした。当時、ブーさんはリーダーとして自分のバンドを率いていました。リーダーから一介のメンバーに。迷いもあったブーさん(当時の芸名は高木智之さん)ですが、「妻に『行ったほうがいいんじゃない』と言われて、決心したんだよね。そのほうが可能性が広がると思ったみたい」と、この日も語ってくれました。

 

ブーさんは「第5の男として、それなりに役割を果たしてきた自負はあります」と言います。世の中の多くの人は、けっして主役ではありません。「そういう人が僕を見て、『自分はこのままでいいんだ』でも何でもいいけど、感じるところがあればうれしいですね」とも。カトちゃんやいかりやさんの役割は、もちろん大切です。ブーさんの役割も同じぐらい大切です。そこには優劣や序列や、やりがいの違いはありません。

 

この時期、新しい環境でスタートを切ったばかりの人も多いでしょう。最初は自分の立ち位置がはっきりしなかったり、前からいた人と自分を比べて引け目を覚えることがあるかもしれません。しかし、焦って実力をアピールしても、たいてい逆効果。今の自分の役割は何か。全体のために何ができるか。そう考えることが、結果的に自分の持ち味を周囲にわかってもらって、やがて自分自身が誇りや満足感を覚えるための近道です。

 

 

■「奇跡の86歳」の歌声と演奏に客席はウットリ

 

 

イベントの締めくくりは、ブーさんのミニライブ。白いウクレレを演奏しながら、まずはハワイアンの定番である「BEYOND THE REEF」。続いては松山千春の「恋」をハワイアン調にアレンジして熱唱。最後はブーさんが作曲した「Blue Memory」。しっとりした雰囲気に客席はウットリ。演奏が終わって私が「奇跡の86歳、高木ブーさんでした。ありがとうございました!」と感謝を述べたあとも、盛大な拍手はなかなか鳴りやみませんでした。

 

5月下旬から6月下旬にかけて、高木ブーさん、加藤茶さん、仲本工事さんの「こぶ茶バンド」が、山本リンダさん、新沼謙治さん、金沢明子さんといった豪華メンバーとともにコンサートを行ないます。5月26日千葉県東総文化会館、6月6日なかのZERO大ホール、6月13日ウェスタ川越など関東各地の全9ヵ所で、レジェンドのみなさんが躍動! 詳しいお問い合わせやチケットのご注文は夢グループ(0570-064-724)まで。

 

そして、平成から令和に変わるゴールデンウィークを有意義に過ごすためにも、新たな気持ちで令和に立ち向かうためにも、拙著『思い出を宝ものに変える 家族史ノート[一生保存版]‐平成と昭和の記録が明日の希望になる』(ワニ・プラス)をどうぞごひいきに。高木家のように、親御さんへのプレゼントとしても最適です。会場の方からは「連休に実家で親に昔のことを聞きながら書いてみます」「子どもたちが帰ってくるので、いっしょに書きます」という声も。コミュニケーションツールとしても、ぜひご活用ください。

 

 

 

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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