ガパオ、パクチー、トムヤムクン… 平成にエスニック料理が大流行したワケ【ファッションフードの平成史】

ライフスタイル

いまや、飲食店や家庭料理のジャンルに「和洋中エスニック」の4種類が並ぶのは普通になった。しかし、従来の「和洋中」に、「エスニック」が食い込んだのは、平成時代である。

 

平成が終わろうとしている現在、「この30年間で食はどう変わったのか」という質問をよく受ける。あまりに多くの出来事があったので、一言で示すのはとても無理。だが、日本の食が多様性を深める原動力になったのが、エスニック料理だ。

 

 

■これは日本の味覚史上に起こった“事件”

 

エスニックとは、「民族的な」の意味。現在はアジア全域、アフリカ、南アメリカの料理をひっくるめてエスニック料理と呼ぶことが多いが、当初はもっぱら東南アジアのホット&スパイシーな料理を指した。いまでも中心は東南アジア、とりわけタイ料理とベトナム料理の人気が突出して高い。

 

第1次エスニック料理ブームは、1980年代中盤に起こった。明治以来、つねに欧米料理に信仰に近い憧れを抱き続けてきた日本人が、それまでは目もくれなかった第三世界の食文化に興味の矛先を向け、「いま、いちばん新しい味」として飛びついたのである。西洋志向からの脱却は、80年らしいポストモダン現象だった。と同時に、ファッションフードにおけるパラダイムの大転換だった。

 

同時進行で、スナック菓子やインスタントラーメン、菓子パンなど、加工食品の世界では「激辛」ブームが巻き起こった。ふたつのブームの結果、日本人は突如として辛いもの好きの民族になった。これは日本の味覚史上、“事件”である。辛味に対する耐性は上がり続け、最近ではコンビニの麻婆豆腐やカレーまんも、びっくりするくらい辛い。

 

 

■タイ米騒動もあったけど…

 

私は『ファッションフード、あります。』に

 

「エスニック料理が台頭した理由のひとつは、八〇年代に入って東南アジア観光に出かける女性が急増し、現地でタイカレーやトムヤムクンのおいしさを知ったことだった」

と書いたが、実は自分がまさにその一人だった。ゴールデン・トライアングル(タイ北部の山岳地帯)のトレッキングもしたタイ旅行ですっかり食べ物にハマり、86年に『エスニック料理 東南アジアの味』(中央公論社『シェフ・シリーズ』スペシャル版)を出した。大判の写真と詳しいレシピで東南アジア料理を紹介した、日本で最初の本だった。

 

この本を作りはじめた85年はブームの初期で、東京のエスニック・レストランはタイ・ベトナム・インドネシア料理が各3軒、カンボジア料理が2軒、フィリピン料理は1軒と、まだまだ少なかった。ところが、わずか数年で雨後のタケノコのように増えた。

 

『Hanako』の特集からは、急速な浸透の様子が伝わる。「ニョクマム、ナムプラがしょうゆワールドをやっつけた。東京には東南アジアがいっぱい」と高らかに宣言したのは、1988年6月23日号。1989年12月14日号になると「もう、ただの流行なんかじゃない。エスニックも無国籍料理も、珍しさではなく質で選ばなきゃ」とアピール。昭和から平成の変わり目に、ブームは早くもピークを迎えていた。1992年6月25日号の「エスニック料理店109軒大情報」では、アジアのみならず中南米とアフリカ料理の店も紹介。96年、都内ではタイ料理のレストランだけで100軒を超えていた。

 

 

最初は物珍しさで手を出したとしても、ご飯とおかずという基本の組み合わせが共通し、麺類が豊富なので、東南アジアの料理はとっつきやすい。唐辛子の刺激と、アジアンハーブの香りは、一度好きになると病みつきになる。だから、これほど素早く普及した。

 

 

93年の「平成の大凶作」で緊急輸入されたタイ米が「パサパサして臭い」(※1)と嫌われ、大量に売れ残るという不幸な出来事もあったが、ブームは定着へと移行し、家庭料理のなかにも入っていった。

 

 

■もはや「和食」になったガパオ

 

今日では、スーパーにはインスタントのトムヤムクン、レトルトのタイカレーなどの加工食品が、コンビニには生春巻、フォー、ガパオなどのエスニック弁当が並ぶようになった。

 

 

ガパオは、正確なタイ語では「ガイ(鶏肉)・パッ(炒め)・バイ(葉)・(クラッパオ)」という。「バイ・クラッパオ」は、英語でホーリーバジル(※2)のこと。最後のクラッパオがガパオに転じたと思われるが、料理自体も原型からそうとう離れた味に変化しているので、もはや和製タイ料理といってよいだろう。

 

また、2014年発売の日清食品「トムヤムクンヌードル」は、販売累計が7500万食(2017年インテージ SRIデータ)を突破。カップ麺におけるエスニックヌードルという新分野を開拓した。

 

日清食品の公式サイトより

そして、ついに起こった空前のパクチーブーム。アジアンハーブ中、クセの強さはナンバーワン。現地ですら、茶碗蒸しにおける三つ葉的なアクセントハーブとして使用するものだ。そのパクチーを、主役にしてもりもり食べるという、タイ人もびっくりのブームだった。

 

 

パクチーの大食にいたらしめたエスニック料理ブームが、もともと広かった日本人の味覚の幅を、さらに広げた。目下の注目は、「麻辣味(舌が痺れる中国山椒の辛味と唐辛子の辛味のミックス)」。これからも、次々と新たな刺激がやってくるに違いない。

 

※1 食事用の米でなく、等級の低い加工用米が日本の市場に出回ったことと、粘りが少なく独特の風味を持つインディカ種であるタイ米に対する知識不足が原因。一方で、タイ米のおいしい食べ方に対する関心も高まった。

※2 イタリアンで使われるスイートバジルにはない、爽やかでピリッとした強い香りを持つ。

 

【関連書籍】

ファッションフード、あります。』(筑摩書房)

 

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食文化研究家

畑中 三応子

食文化研究家・料理本編集者 『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)編集長を経て、プロ向けの専門技術書から初心者向けのレシピブックまで、幅広く料理書を手がけるかたわら、近現代の食文化を研...

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