はっきり言います。家庭で熟成肉は作れません!

話題

 

第一印象は「ネットメディアとはいえ、こんなデタラメがまかり通るのか」という驚きでした。とある「ニュースサイト」に掲載されていた、「自作の熟成肉」を「こんなウマいステーキ食ったことネェェエエエ!!」と煽りに煽った記事の話です。

 

「あのサイトだし」「ヘタにイジってPVに貢献するのもアレだし」「そもそも見ると気分悪くなるし」とスルーを決め込んでいたのですが、この件について書いてくれというリクエストを頂いたので、歯を食いしばって状況を整理してみます。

 

まず上記ニュースはどうやら2013年の記事がPVを集めたので、焼き直したもののよう。やっぱりステーキだけに焼き直し……。とかいう、言いたいだけの小ネタはともかく(ああ、言ってしまった……)、元記事からしてツッコミどころ満載です。

 

上記「熟成肉」の作り方はステーキ肉にナンプラーをすり込み、ジップロックに入れて冷蔵庫で3日、取り出したらガーゼにくるんでさらに3日間冷蔵庫に吊るす、というもの。

 

最初に声を大にして言っておきますが、これは「熟成肉」ではありません。ネットユーザーからの批判もあったせいか、記事が公開された日の夜、「菌の繁殖も考えられるため、記事を一部修正致しました。あくまでもご自身で食べるだけに留め、くれぐれも他人に提供はしないようにお願いします」という追記がされました。

 

もっとも、「美味しそう」「肉買ってきます」という書き込みもそれなりにあり、かの岡田斗司夫氏まで「これ、連休明けにやってみようかなー」とツイートしていました。

 

ともあれ、先の記事にはツッコミどころが多すぎて、すべてに触れるのは難しいのですが、せめて一部にだけでも指摘を入れておきます。

 

 

■そもそも、熟成肉の解釈が間違っている

 

上記のページでは熟成を「低温でビーフを乾燥させ、肉の中の水分を蒸発させることで旨味が凝縮されるという、熟成方法」と説明していて、まずこの時点で「熟成」を取り違えています。

 

肉の熟成と水分の蒸発は、まったく別次元の話です。肉における熟成とは肉自体に含まれるタンパク質分解酵素によって肉のタンパク質が分解され、うまみ成分であるアミノ酸等に変化することを指します。適度に乾燥した環境のほうが肉も腐敗しにくく、熟成に適していますが、「水分を蒸発させることで旨味が凝縮される」ことが熟成ではありません。

 

 

■ナンプラーを使う理由も間違っている

 

ナンプラーを使う理由も「これは発酵調味料であり、旨味調味料でもあるナンプラーを使うことで、発酵も進みやすく、さらに旨味も加えられ、また強い塩分により安全性を高めてくれるのではないかと考えられます」と書かれていますが、そもそも「発酵調味料だから発酵が進みやすい」というくだりがおかしな話。肉における熟成の主役は肉自体に含まれる酵素であり、外部の微生物の力を利用する「発酵」とはメカニズムが異なります。

 

元ネタであるアメリカのレシピを見て回った結果、ナンプラーを使う理由として挙げられていたのは「ナンプラーに含まれるアミノ酸(グルタミン酸)の味を付与するため」。熟成はおろか発酵すら目的ではありません。ドライエイジングビーフの香りは「ナッツやチーズのよう」と言われますが、ナンプラーの香りもチーズに喩えられます。

 

つまり、この記事の肉に起きているのは、ドライエイジングビーフ(DAB)で起きている旨味の増幅と香りの変化ではなく、似た香り成分のあるナンプラーを塗布した擬似熟成香肉に過ぎません。一時期、流行した「プリンに醤油をかけるとウニの味がする」のようなものです。

 

ナンプラーによって肉質に変化が起きるとすれば、ハムやベーコンのような塩分によるタンパク質の変性ならあり得るかもしれません。「牛の味噌漬け」やハムにも似た食感になるかもしれませんが、「熟成肉」とはまったくの別物です。

 

 

■元ネタを改悪した簡略化

 

そもそもアメリカの元ネタには、最初に「密閉できる袋に肉とナンプラーを入れ、脱気する(真空パックにする)」という工程が入ります。ところが先のレシピでは「肉をジップロックの中に入れナンプラーを投入。よく揉みこむ」と簡略化してしまっています。

 

個人的には元のレシピにも懐疑的ですが、この簡略化は非常によくありません。最初に3日間寝かせ、さらに3日間乾燥させるなら、最初に全体が塩分に均等に漬かっていないと、腐敗コースまっしぐら。安全に数日間寝かせたいなら、ナンプラーの絶対量が足りません。食に関わる事業で最優先されるのは「安全」。メディアでも飲食店でも家庭でも、「まず安全である」ことは大前提。「味」や「コスパ」はその次の話です。

 

そもそも、プロの熟成には1~3℃程度の低温管理ができる冷蔵庫が必要ですし、しょっちゅう開け閉めする家庭の冷蔵庫では熟成用の温度管理はできません。国内の市場に流通している肉にはある程度の熟成はかかっています。それ以上熟成させる必要はありません。

 

すべてのブームは、まがい物を生み出します。以前から心ある専門家の方々が危惧していらしたのですが、「熟成肉、お前もか」という趣です。

 

英語圏の借り物のレシピを改悪した揚げ句、間違った解釈を加える。あまつさえ、熟成肉でもないものを「熟成肉」だと堂々と言い切ってしまう。個人の趣味の範囲での実験ならばどうぞご勝手にというところですが、「みんなもぜひ試してくれよな!」とは言語道断。いつまでもこんなことをやっているから、ネットメディアがナメられるのです。

 

大切なことなので、最後にもう一度言います。例のレシピでできあがるのは、ドライエイジングビーフではありませんし、家庭の冷蔵庫でドライエイジングビーフは作れません。

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松浦達也

松浦達也

フードアクティビスト/編集者&ライター 『dancyu』などの食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで、「調理の仕組みと科学」「食文化」「食から見た地方論」など幅広く執筆、編集を行う。テレビ、ラジオでの食トレンド...

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