父親たちも我慢の限界! 「仕事」「家事・育児」「大黒柱」を一人でこなすのはムリ…

ライフスタイル

田中俊之

 

■日本の父親たちは竹野内豊と同様の我慢をしているのか

 

広いリビングでボール遊びをする娘たち。それを眺めながら、夫婦は幸せそうに満足のいく家選びできたことを確認しあう。

 

「天井が高い家にしてほんとよかったわね」

「そうだな」

 

竹野内豊さんが出演する大和ハウスのCMは、「夫の本音編」というタイトルがつけられている。微笑ましく心の温まるシーンかと思いきや、夫は心の中で次のような本音を繰り広げる。

 

「ウソだ。俺はいまウソをついている。本当は天井が低くて、せま~いところが大好きなんだ。でも俺にはもはや家族がいる……」

 

コミカルなタッチのCMのため悲愴感はないが、確かに、現実の父親は家族のために我慢をすることが少なくない。結婚をして、子どもができると、父親は家族のために働き、自分の願望を家族のために抑え込み、何が家族のためにできるかを優先するようになる。「女性の活躍」がこれだけ社会的な課題として認識されていても、やはり男性には「一家の大黒柱」であることが期待されているからだ。父親は、時に本音を隠しながら、せま~いところが大好きなのに天井の高い家を購入するといったかたちで、家族の願いを叶えていかなければならないのである。

 

 

■我慢の限界をとっくに超えている母親、そろそろ限界が近い父親

 

リーダーとしての期待に加えて、イクメンが流行語になり、父親の仕事には会社勤めだけではなく、家事・育児も含まれるようになった。しかし、長期的なトレンドとしては減少しているとはいえ、現在でも週の労働時間が60時間を超えている男性は、子育て世代の30代・40代で約17%にも達している。

 

他国とは比較にならない長時間労働に加えて、都市部では通勤に往復2時間近くかかることをふまえれば、週60時間働いている男性は、24時間のうち14時間程度を会社のために費やす計算になる。「働きすぎ」の問題が解決しない中で、イクメンを実践するのはあまりに厳しい。会社で働き、家族のリーダーとしての役割を果たしつつ、家事・育児も担うとなれば、子育て世代の男性たちは、間違いなく肉体的にも精神的にも限界が近いと言える。

 

「父親だけが我慢しているわけではない。母親はとっくに我慢の限界を超えている!」

 

このような怒りの声が聞こえてきそうである。まずは、落ち着いて欲しい。今回、論じたかったのは父親の大変さよりも、むしろ、家事・育児の担い手であることを期待されながら、同時に仕事も持つ母親の我慢は、とっくに限界を超えているということなのである。

 

「保育園落ちた日本死ね!!!」と題されたブログのエントリーには多くの女性から共感が集まり、待機児童だけではなく、保育士の勤務時間や給料などの待遇を含めて、保育園をめぐる議論が社会問題として認識されるきっかけとなった。

 

当事者ではない人たちからすれば、ブログの文章は感情的で粗雑な印象を与えたかもしれない。しかし、感情をストレートに書き綴ったからこそ、働きながら子育てをする女性たちは、パンクしそうな自分の気持ちを代弁してくれたと受けとったのである。例えるなら、心の中のコップからあふれだした水を、具体的に表現したのがあの文章なのだ。

 

働きながら子どもを育てる父親の我慢は限界に近い。働きながら子どもを育てる母親の我慢はとっくに限界を超えている。片方は心の中のコップの水があふれる寸前であり、もう片方はすでにあふれているとするならば、夫婦間で水を分かち合うことはできない。どちらかが弱音を吐くと、感情的なぶつかり合いになってしまうのは、すでに二人ともコップの容量がいっぱいだからである。

 

 

■子育て世代夫婦のあふれだした水を受け止めるのは社会の役割

 

家族の問題は家族の責任で解決しろとの主張を耳にする。しかし、繰り返しになるが、子育てをする夫婦の心の中のコップにもうスペースはない。親を頼るべきだという意見もある。これについては、親との関係が良好で、しかも、たまたま近所に住んでいる場合にしか手助けを期待できない。さらに言えば、離別や死別の問題を考慮しているのかという疑問がある。このような偶然に左右されるような条件では、誰もが安心して子育てをする社会を作ることはできない。

 

子育ては個人の問題かもしれないが、少し視野を広げて考えると、少子化は明らかに社会問題である。それにも関わらず、子育ての当事者に責任を押しつければ、当然の結果として、少子化が続いていく。子どもの減少は、日本という社会の存続に関わる問題である。そして、せっかく子どもを持つことができても、そこにあるのが「幸せな家族」ではなく、「殺伐とした夫婦関係」だとすれば、社会を生き抜く上で心の拠り所となるはずの家庭に対して若者は希望を持てない。未婚化もさらに進行するだろう。

 

子育て世代の夫婦からあふれ出した水を受けとめられるのは、社会という大きな器だけである。国や地方自治体はもちろん、企業もCSR(企業の社会的責任)の観点から、誰もが安心して子育てをできる社会の形成に向けて、役割を果たさなければならない。もちろん、人任せにするのではなく、「遠くの親類より近くの他人」という言葉があるように、当事者の夫婦は近隣に知り合いを増やし、地域が自分たちの居場所になるよう努力すべきである。

 

最後に、男性学の視点から、父親たちにアドバイスをしておきたい。俺は「器の大きい男」だから、家族のリーダーとして精一杯がんばるし、妻のあふれだした感情も受けとめられるなどと考えてはいけない。会社で働いていて、自称「器の大きい上司」が有能だったことがあるだろうか。有能な上司とは、フラットな視点で部下を見て、円滑に業務が遂行できるように全体を管理できる人物である。自分を正しく評価できない人物に管理職は務まらない。

 

家族のために、まずは客観的な自己評価を身につけよう。そして、何より自分自身を精神的に追い詰めないために、仕事、家事・育児、大黒柱という三つの役割は、とても一人の人間がこなせるものではないことを理解する必要がある。

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田中俊之

1975年、東京都生まれ。武蔵大学社会学部助教。博士(社会学)。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。単著 『男性学の新展開』(青弓社)、『男がつらいよ―絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)、『...

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