「もう母さえいてくれればいい…」親の介護により結婚ができなくなってしまった男性

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■母は友だちであり恋人であり娘でもある


母が唯一の身内だというトオルさん(46歳)。75歳になった母親は、3年前に大病を患い、今は身の回りのことはできるものの、あまり外に出なくなった。


「ずっと母とふたりで生活してきましたが、大病後、母は僕にとってそれまで以上にかけがえのない人になりました。少し弱った分、母が僕を頼るようになった。そうしたらなんだか母がかわいくてね、できることは何でもしてあげたいと思ってやってきました」


朝は5時に起きて、母の朝食と昼食を用意する。仕事に出かけ、会社からは毎日、まっすぐ帰宅する。ときどき母の好物を買って帰ることもある。


「帰るとき、必ず母に電話します。調子のいいときは母が夕食を作っておいてくれるんです。夕飯作れなかったと聞いたら、何か買って帰るか、食材を買って僕が作るか。毎日、一緒に食卓を囲んでいます。母がちゃんと食事をとって元気でいてくれることが今の僕の支えなんです」


帰ると、彼はその日にあったことを話す。母が「あんたはよくやってるね」と褒めてくれることがうれしくてたまらない。


「結婚なんてしなくていい、母さえいてくれればいい。そう思います」


30代半ばで、彼は一度結婚しようと思ったことがある。だが、相手がどうしても母との同居を決意しきれず、彼は結婚を断念した。そしてそれきり、結婚を望んだことも恋愛したこともないという。


「今の不安は、母が亡くなったらどうしようということです。僕の支えがなくなってしまうわけですから。順当にいけば母が先に逝くに決まっている。それを考えるといてもたってもいられない不安に陥るんですよね」


休日は車で母の行きたいところへ行く。母はときにわがままになり、休日の朝になって突然、遠方へ行きたいと言い出すこともある。


「できる限りは連れていきますよ。先日も、突然、どうしても伊豆へ行きたいと。伊豆は父との思い出の場所なんですよ。だから連れていきました。運転しつづけで疲れたけど、母が喜んでくれるなら本望です」


母への愛情といってしまえばきれいごとだが、彼もまた母を頼り、母の存在によって自分を承認できているようだ。

 

 

■母を見送るのが自分の仕事


さまざまな葛藤はあったものの、今は母を見送るのが自分の仕事だと思うようになったと話してくれたのは、ユタカさん(48歳)だ。

3人きょうだいの末っ子として育った彼の母は、現在83歳。兄と姉はそれぞれ結婚して遠方に住んでいる。


「正直言って、母がいるから結婚できない。そう恨んだこともありました。母は『私のことなんて気にしないで結婚しなさい』と言いながら、かつて結婚を考えた女性を紹介したとき『あなたに、この子の妻がつとまるかしらね』と嫌みを言い放ったこともある。もちろん僕はフラれました。すると母は、『やっぱりね。ああいう女の子はダメよ』って。いや、あんたのせいでフラれたんだよと大げんかになりました」


それでも彼が母親を見捨てられなかったのは、「母だから」。自分を生んでくれた母親を裏切ることはできなかったのだ。


「それにだんだん年をとって、できなくなることが増えていく母を見るとしのびなくてね。自分しか頼れないんですから,できる限りのことはしてあげたいと思って」


母は足腰が弱り、家の中を伝い歩きする状態。週に2度はデイサービスに出かけているが、あとの日は彼がほぼひとりでめんどうを見ている。3度の食事のしたくをし、合間にアルバイトを2つかけもちしながら。


「もう慣れたからつらくはないけど、自分自身が老いたとき、誰もめんどうを見てくれる人がいないという事実に気づいて愕然としたことがあります。でも僕のことはどうでもいい、最後まで母に尽くすために生まれてきたんだと思うことにしているんです」


親の介護問題は、子どもの人生に大きな影響をおよぼす。彼が母を見送ったとき、アルバイトのまま彼自身が老いていくしかないという現状。誰かが犠牲になることがいいのかどうか。さまざまなことを考えさせられる。身内だけの介護には限界がある。

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ノンフィクションライター

亀山早苗

明治大学文学部演劇学専攻卒業後(専攻は歌舞伎)、雑誌のフリーランスライターに。 ライター歴、もうじき30年。離婚歴1回の現在独身。長い間、男女関係に興味を持ち続け、さまざまな立場の男女に取材を重ねてきまし...

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