相次ぐ事故…それでも免許を手放さない高齢者への説得術とは?

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高齢ドライバーによる交通事故が全国で相次いでいる。親が70歳を超える友人・知人に会うと、「うちの親は大丈夫なんだろうかと、不安に思った」といった話題が出る機会が増えた。報道をきっかけに、親と運転免許について話をしたという人も少なくない。ただ、「いい機会だと思って、親に『そろそろ車の運転やめたら?』と言ったら、ものすごく反発された……」などの悩みも耳にする。

 

ただ、よくよく聞くと、親たちもまったく衰えを自覚していないわけではない。個人差はあるだろうが、「夜間の運転では目が疲れやすくなった」「長時間の運転は面倒になった」など愚痴ることもあれば、不安を口にすることもある。しかし、自動車の運転はやめられないし、やめたくない。「まだ大丈夫」と、見て見ぬふりをしているのが実情のようだ。なぜ、運転をやめられない(やめたくない)のか。

 

 

■なぜ、高齢者は運転し続けるのか

 

「だって、車がなくなったら不便だもの」。こう語る幸子さん(仮名・75歳)は、同い年の夫と二人暮らし。徒歩圏内にスーパーやコンビニなどがないこともあり、「車のない生活は考えられない」という。「今後、夫婦のどちらかが体調を崩したり、介護が必要になったときに、車がなかったらものすごく不便だと思う」ともいうのだ。

 

玲子さん(仮名・70歳)は、経済面での不安を訴える。「タクシーで移動すればいいと言われても、そのお金は誰が払ってくれるの?って」。定年後も、夫婦ともに再就職し、69歳までは働き続けた。老後の蓄えもある。毎月決まった収入があるうちは、タクシーも乗れた。でも、今はできるだけ貯金を崩したくないという気持ちが先立つ。

 

子どもが近くに住んでいて、「必要があれば、いつでも車を出すよ」と言われていても、免許返納を拒む人もいる。耕三さん(仮名・76歳)も、そんな恵まれた環境にあるひとりだが、「“いつでも”と言ったって、自分たちの生活もあるわけだからさ」と苦笑いする。また、ほかの人からも「自分のペースで過ごしたい」「何かのはずみで仲たがいしたとき、『だったらもう、車にのせてあげないよ!』なんて言われるのもしゃくだしね」といった意見もあった。

 

「長年乗ってきたから、喪失感も大きいみたい」と教えてくれたのは、順子さん(仮名・72歳)。夫の孝彦さん(仮名・78歳)が今年に入ってから「運転やめようかな」と漏らすようになった。でも、「いいんじゃない?」と純子さんが答えると、「でもなあ……」と黙ってしまう。若い頃から車の運転が好きで、家族はもちろん、近所の人たちもよく乗せてあげていたという孝彦さん。誰に言うでもなく、「役立たずになってしまうな」とつぶやいていたのが心に残り、順子さんはそれ以上何も言えずにいるという。

 

 

■高齢者の危険運転防止。家族にできることは?

 

一方、免許返納を決めた人にも何人か話を聞いた。きっかけは「脳梗塞で倒れて、もう運転は無理だと思った」「これまで一度も失敗したことがなかった車庫入れに失敗した」などさまざまだが、「本人が納得した上で免許を手放した」のが共通点だった。中には「家族がしつこく言われて……」という人もいたが、かたくなにはねつけていた期間が数年以上あったとか。「あるとき、ふと“手放してもいいかな”と思えて、乗るのをやめてみたらそれはそれでラクだった」という。

 

自動車の運転にまつわる話の進め方が難しいのは「実家の片づけ」とよく似ている。ただ、片づけの場合は「本人がそれで快適だというなら、まあいいか」という落としどころもあるが、運転の場合、本人だけではなく、まったく無関係な他人をも巻き込む大惨事にもなりかねないだけに、悠長に構えてもいられない。しかし、焦って責め立てるほど解決は遠ざかる一方だ。

 

前述のように「免許や車を手放したくない理由」は多岐に渡る。決断をせかす前に、親が気がかりだと感じている理由に耳を傾ける必要があるだろう。話しているうちに「やっぱり、そろそろ運転を卒業するか」と思い始めるかもしれない。そう都合よくはいかなくとも、車に乗らなくなることで生じるデメリットを洗い出せるし、対策を講じるヒントにもなる。

 

来年3月に施行される改正道路交通法では、75歳以上のドライバーを対象に、認知症の早期発見と事故防止のための対応が強化される。しかし、また、「認知症」と、ひとくちに言っても、その原因疾患や症状は多岐に渡る。「認知症の原因疾患による症状・症候の違いの問題だけではなく、それらの運転への影響に関しては、診察場面だけの医学判断では予想不能である」(新井平伊. (2015). 改正道交法と認知症 : 老年精神医学の立場から. 老年精神医学雑誌, 26(12), 1335–1339.)という指摘もある。

 

日頃から家族で「運転免許」あるいは「自動車の運転」に関する雑談を心がけることは、親の不調や異変に気づくきっかけになる。ドライバー本人が「どうもおかしい……」と自覚したときに、家族に相談しやすい環境づくりにも役立つだろう。頭ごなしに“だから、言ったじゃない!”と叱られるとなれば、できる限り隠したくなる。それは子どもも大人も同じなのだ。

 

もっとも、話をしてみたところで、「俺は(私は)まだ大丈夫」と突っぱねられるかもしれない。うちの実家でも、両親がよくもめている。「夜間だけでもやめればって言ってるのに」と不満そうな母、憮然とする父。「この間だって、車をぶつけられたのよ!」と聞くと、ヒヤリとするが、その口ぶりで父に迫っているのだとしたら、うんとは言わないだろうなあとも思う。

 

責めることなく、心配だということを穏やかに繰り返し伝える。親が感情的な反応をするようなら、ケンカになる前に引き下がる。その場で言い合ったからといって、「はい、やめます」とはならないからだ。根気強く話をしていくうちに、ふと「運転やめてもいいかな」という瞬間が訪れるかもしれない。その転換点に向けて伴走するのも家族の大切な役割なのだ。

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老年学研究者

島影真奈美

「定年後の備えラボ」主宰/編集&ライター 年金から保険、住まい、健康など“定年後”にまつわる不安や悩みを幅広く蒐集。快適なシニア生活と世代間コミュニケーションにまつわる研究・考察を行う。『定...

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