作家の村上春樹氏がディスクジョッキーを務めるラジオ音楽番組『村上RADIO』(TOKYO FM)に10月3日、リスナーからこんな質問が届いていた。
「読書をする際に、自分の好みでない文章や内容の作品だと感じたら、途中でやめてしまいますか? それとも、なるべく最後まで読むようにしていますか?」
そして、同質問に対する村上DJの答えは以下のとおり。
昔はけっこう我慢して読んでいましたが、最近はつまらない、あるいは自分の好みに合わないと思うと、途中でやめてしまうことが多いですね。時間がもったいないし、目も疲れるし。若い頃、とくに10代の頃は、時間なんていくらでもあったし、目は大丈夫だったし、本なんていくらでも読めたんですけど、年齢を重ねるとなかなかそうもいきません。
だから昔読んで「よかった」「面白かった」と思った本を読み返すことがどうしても多くなります。そうすればがっかりすることも少なくなりますしね。
ふ〜〜〜〜む……さすが『村上RADIO』! リスナーから寄せられる質問までもが美しい文体で(※村上氏がそう校正しているのかもしれないが?)、品が良い。御大のリアクションがとても気になる、じつにナイスな質問である。
結果、自分と照らし合わせてみれば、おおよそだと
「後半は私といっしょ。でも前半がややちがう」
……であった。
まず、後半の「いっしょ」な箇所から。私も昔から「次々と新しい書物を読み漁る」のではなく、「気に入った書物を何度も読み返す」タイプだった。漫画も含めば50回くらい読んだ作品もある。当然、表紙もボロボロで、何ページかは千切れてしまい、セロファンテープで補正しているものもある。
私は本来頭が悪いのか、どうも一冊の書物から得られる情報量が乏しい人間であるようだ。だから何度も何度も読み返す──なので、この半生で読んできた書物量は、たぶん他の同業者よりも圧倒的に少ないと思う。ただ、その執拗なまでの “繰り返し” から得た情報は、実体験に近いほどの深度がある……とも思う。まさに一長一短といったところだろう。
次に、前半の「ややちがう」箇所。やはり、昔から「つまらない、あるいは自分の好みに合わないと思った作品でもけっこう我慢して読む」タイプであったが、今でも私のその読書傾向は変わらない。けれど、私は根が貧乏性なところがあるせいなのか、一度手に入れた書物はどんなにつらくても、最後まで読み切ってしまわないと、気が済まない。
たしかに、時間はもったいないし、最近は目も疲れてくる。(ある種の)「無駄な負けず嫌い」以外の何物でもない。さらには、つまらないと感じる作品と出会ってしまったときの “苦行” が怖くて、なかなか新しい書物に手が出せない……という弊害もある。が、村上センセイがそうならば……私も、勇気を出してつまらないと感じた作品は、今度から勇気を持って「強制終了」してみよう。「だからなんなんだ?」と問われたら返事に困るが、とどのつまりがそういうことなのである。