玉川徹氏に猛烈なる同意! 「友だちがいない」という現実をコンプレックスにするのは、そろそろやめたほうがいいのでは…?

 

6月30日に放送された朝の情報バラエティ番組『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)が、「すれ違うときにあいさつするだけの友だち」のことを指す「よっ友」がコロナ禍の外出自粛の影響で昨今減りつつある……といった内容を特集。そこでテレビ朝日報道局局員であるレギュラーコメンテーターの玉川徹氏(58)が、トーク中「友だち不要論」をブチ上げ、スタジオを驚かせていた。玉川氏のおおよそな主張は以下のとおりであった。

 

 
「“よっ友”って言葉、はじめて聞きましたけど、僕のカテゴリーで言うと、これは(“友だち”じゃなく)“知り合い”ですね。知り合いは必要か必要じゃないかって言われたら、必要不可欠じゃない。さらに言えば、50年以上生きてきて、人生の優先順位ってことで考えてみると、友だち自体の優先順位はそんなに高くないです」

 
「僕にとって一番大事なのは、やっぱり一緒にいる時間が一番長いパートナーとか、それから奥さんとか。たとえば、高校とか大学とかの友だちで、今どれくらいの頻度で会ってますかっていったら1年に一回も会ってないよ。(中略)むしろ、そういう人たちよりも僕にとってはメンター(優れた助言者の役割を果たしてくれる人)のほうが重要でしたね」

 
「とにかく、若くて友だちいないって困ったり悩んだりしている人は全然大丈夫だから、人生! それよりパートナーとか人生を導いてくれる人のほうがよっぽど大事だから」

 
これら一連のやりとりを後追いした記事下にあるヤフコメ欄をざっと眺めてみても、「この意見には同意!」といった論調のコメントが多かった。私もまったくもって、100%同感である。

 
そもそも成人になってからの「友だち」なんてえのは、たとえば一生かけてまっとうできる「趣味」と同様、「10年に一つ(一人)増えたら超ラッキー」レベルの奇跡的な“出会い”なのではなかろうか?

 
私は、10代の若者ならまだしも、「友だちの多さ」をいい年(とし)になっても自慢したり、好きな異性の条件に挙げたり……ひいては第三者を話題にする際、「オレ(アタシ)の友だちが〜」などと、安易に「友だち」を主語に持ってくるようなヒトたちが、申し訳ないけど男女問わずどうも信用できない。玉川氏がおっしゃるところの「(単なる)知り合い」を何の疑いも持たずに“友だち認定”してしまう浅はかさに、逆にそのヒトの“対人関係の雑さ”を見いだしてしまう。「自分、友だち少ないんで」もしくは「全然いないんで」と断言できるヒトの慎重さと客観性を、むしろ買いたい。

 
成人してから(=いい年になってから)ようやく巡り会えた「パートナー」や「友だち」とは同時に、やはり玉川氏がおっしゃるところの「メンター(優れた助言者の役割を果たしてくれる人)」であり、「人生を導いてくれる人」でもある。ゆえに、そういう自分にとって“だけ”大切な人は、精一杯の真摯な姿勢で徹底的に他人と“区別”すべきだと、私は思う。

 
そう捉えると、有象無象なかたちで周囲に蠢く「よっ友」ってヤツをあらためてスポイルできるという意味では、昨今のリモート・コミュニケーションを全盛とする緊急事態の状況下も、なかなか悪くないのかもしれない。