【追悼】水島新司先生にしか絶対にできなかった、そしてこれからも絶対にできないであろう“三つの偉業”  

 

『ドカベン』『あぶさん』『野球狂の詩(うた)』……ほか、「野球漫画」というジャンルで数え切れないほどの金字塔を打ち立ててきた漫画家の水島新司さんが1月10日、肺炎のため東京都内の病院で死去された。享年82歳だった。

 

 

私の複数ある草野球関連のグループLINEでも、その訃報は瞬(またた)く間に拡散し、哀悼の意を捧げる声から水島漫画に関するさまざまな想い出話にまで花が咲き、ここ数日は仕事がほとんど手に付かない状態であった。

 

「水島漫画に関するさまざまな想い出話」を語り合っていたら、当然のこと

 

「水島先生のどの作品が一番好きだった?」

 

……ってことになってくるんだが、これはもう、じつに甲乙つけがたい。水島作品のすべてを支える主人公・脇役がそれぞれに魅力的かつ個性的なキャラの持ち主で、「一番」を決めるのは本当に困難な作業なのだ。だがしかし、水島先生が漫画界で成し遂げた "二つの偉業" がもっとも顕在化されたかたちで凝縮されているという観点から……今回、あえて私は『大甲子園』と『ドカベン プロ野球編』の二作品にスポットを当ててみたい。

 

 

『大甲子園』は、『ドカベン』に登場する山田太郎・岩鬼・殿馬・里中・微笑三太郎……をはじめとする "明訓高校オールスターズ" が(予選の決勝戦を含む)甲子園を舞台に、波いる強敵たちと戦うストーリーである。そこには『ダントツ』の光高校も一球さんも球道くんも登場する。『男どアホウ甲子園』の藤村甲子園や『野球狂の詩』の岩田鉄五郎や水原勇気までもが登場する……。『大甲子園』を連載する少年チャンピオンに、かつて少年マガジンとか少年サンデーとかで連載されていた作品の登場人物が、ごっそり "FA" されてきたわけだ。

 

「自身が創ったキャラとはいえ、こんなにも簡単に違う出版社から次々と "人材" を引き抜いてきて大丈夫なのか!?」

 

と、当時はリアルに仰天した。この前代未聞すぎる "夢の共演" を実現するため、出版社間でどういった権利問題などの交渉が行われてきたのかは、よくわからない。ただ、マガジン側にもサンデー側にも……いや、チャンピオン側にすら根底には「水島先生だからしょうがないよな…」的な "恩情" のようなものが大なり小なり確実に働いていたのではなかろうか。

 

 

そんな "出版社の垣根" も "時空" も "過去の設定" も超えたコラボレーションに、実存する日本プロ野球界までをも巻き込むという力技をやってのけたのが『ドカベン プロ野球編』だ。その以前から『男どアホウ甲子園』にも『ドカベン』にも『あぶさん』にも“ホンモノ”の選手は多く登場していた……けれど、『大甲子園』で活躍した(架空の)選手たちを実在する12球団にまんべんなくドラフトで振り分け、実在の選手とシェイクしてプレイさせる……といった壮大な構想とカオスを、現実と妄想の壁を打ち破りまとめ上げた手腕には、ただただ脱帽するしかない(※あのイチローが「殿馬と一緒に野球がしたい」と要望したため、殿馬はオリックス入りが決まった…とのエピソードもある)。

 

しかも、『巨人の星』や『侍ジャイアンツ』に長嶋選手や王選手や川上監督がまんま登場していたり、『アストロ球団』にいたっては名だたる球界の一流選手や名監督のほぼ全員が実名でヒール的な役割を演じていたりしていた牧歌的な昭和の時代ならまだしも、21世紀まで "それ" を「水島先生だからしょうがないよな…」で押し切ってきたのだ。

 

 

そして、これらの "二つの偉業" は、70代のご年輩から20代の若い世代までの、プロ・アマを問わない野球人たちが分け隔てなく対等にコミュニケイトできるだけの "名作" を水島先生が何十年ものあいだ、コンスタントにこの世へと送り出し続けてきたからこそ得ることができた唯一無二の "人徳" の成せる業(わざ)であり、そのお亡くなりになるまで1ミリたりともブレなかった「野球一筋!」の姿勢こそが、まごうことない "三つめの偉業" だと言えよう。

 

 

もはや10年くらい前の話になるが、何度か水島先生が所属する草野球チームと試合をさせていただく機会に恵まれ、たまたま運良くヒットを打って塁上に出た私に、内野を守っていた水島先生が声をかけてくださった。

 

水島先生「キミ、いくつなの?」

ゴメス「は、はい! もうすぐ50歳になります!!」

水島先生「まだまだヒヨッコだね」

 

このありがたいお言葉を胸に秘めながら駆け抜けてきた50代も残り数ヶ月……。今年還暦を迎えてからも「ヒヨッコ」として、あとちょっとだけ頑張ってみます。水島先生、お疲れさまでした。心よりご冥福をお祈りします。