大阪人は東京人よりも声が大きい? その理由について考察してみた

コラム

 

私の「第二の書斎」である喫茶店で、たまたま声がデカい人と近い席になってしまい、そのトーンが私の勘に触る音域なのか、集中力を乱され、執筆活動に支障をきたすケースが、ときにある。

 
なにを隠そう、このコラムを書いているたった今もそんな状況に運悪く出くわしたので、その苛立ちにかまけて急遽、今日取り組む予定だった題材を明日に回して、こんな原稿をしたためている。

 
そして、電車の中でも居酒屋やレストランとかでのデート中でも、ここ喫茶室ルノアール恵比寿東口店でも、そういう「声のデカい人」は、なぜか大阪弁であるケースが多い。はたして、大阪ではこれくらいの声量が常態なのか?

 
たしかに、地元の大阪に帰れば……総じて私も心もち大声でしゃべってしまいがち……な気もしなくはない。周囲の声がデカいから、おのずとそれに合わせてしまうのだろう。ちなみに、大阪ではおばちゃんやおじちゃんがテレビに向かって一人でツッコミを入れている光景をよく見かける。たとえば、ニュースでアナウンサーが言葉に詰まったら、

 
「なに噛んどんねん! あんたプロやろ! しっかりしいや! 」

 
……みたいな感じ? もちろん、独り言やつぶやきのレベルを超えた大きな声で、である。個人的にそこらへんの大阪人気質は微笑ましくて好きなんだが……。

 
誤解を恐れずに指摘すると、

 
「大阪(出身)の人は東京に来たら、とくにデカい声で大阪弁を前面に打ち出して話す」

 
……印象がある。

 
少々意地悪な分析をすれば、この傾向はもしかすると

 
「大阪人が東京に対してぶつける一方的なライバル心とコンプレックス」

 
……によって、生じているのではなかろうか。

 
「東京モンには負けへんで〜! 」

 
……といった気概……いや、気負いが、無意識のうちに必要以上のベタな大阪弁を引き出し、声のトーンをも引き上げてしまうのかもしれない。

 
だが、その「ライバル心」と「コンプレックス」は先にも申したとおり、あくまで「一方的」なものであって、東京の人たちは大阪にこうした対抗心など、1ミリたりとも抱いてはいない……と思う。

 
熱烈な阪神ファンは、

 
「憎き巨人だけには絶対負けられへん! 」

 
……と意気込むが、おそらく巨人ファンは相手が阪神だろうがヤクルトだろうが広島だろうが中日だろうが横浜だろうが、「勝てば同じ一勝」としか捉えていないはず……。その一人相撲感が一大阪人として私はイタくてたまらない。

 
なんか、ルノアールで起きた些細な出来事がえらく大きな話になってしまったが(笑)、大阪人特有の過剰な自己主張が、もうちょっとだけナチュラルなかたちで控えめに謙虚化してくれたら……私ももっと大阪を「生まれ育った地」として愛することができるのに……?

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