「僕の曲は基本的にワンパターンです。」山下達郎氏のインタビューから感じ取れる "開き直り" の重要さ

コラム

 

『Yahoo!ニュース』オリジナルの企画サイト『特集』が、山下達郎(69)のロングインタビューを配信していた。全7ページにわたる長文にもかかわらず、途中離脱するスキも与えない、じつに読み応えたっぷりな素晴らしいインタビューであった。

 

ご興味のある御仁はぜひ↑をクリックしてもらいたいのだが、今日は同記事のなかでも、とくに私の琴線に触れまくった、もはや「格言」とも呼べる名言のいくつかを、以下に紹介してみよう。

 

「私はね、極東の片隅のね、日本という国でね、ごく質素にやってきた者なんです。全然メインストリームじゃないんです。10代の時は音楽オタクで、誰も聴かないような音楽を聴いていたんです」

 

「古き良き懐メロにならないためにはどうしたらいいか。それは、曲、詞よりも編曲なんです。あとは、それを補佐するミュージシャンの優秀な演奏力と、それを録音するエンジニアの力」

 

「僕の曲は基本的にワンパターンです。好きな響きが少ないので。だから、誇りを持ってワンパターンと言ってます」

 

「僕ら(歌手)はマイクに乗っける声なので、しゃがれ声でもとっちゃん坊やでも、それも個性になる。人間が肉体的にどこまでやれるかという観点では、歌うことはそれほど長く続けられない場合が多い。だから音楽文化は、比較的若い文化として享受されている。サッカーと同じで、年を重ねて声をちゃんとキープするのは容易ではない。還暦過ぎてどれだけ声を出せるかは、運不運でしかない要素も多い」

 

「『あれは俺のやりたかったことじゃない』と言って、ヒット曲を歌わない人って多いんですよね。ベストヒット=自分のベストソングじゃないんでしょう。(中略)でも、私は誰が何と言おうと、『クリスマス・イブ』はやめません。夏でもやります。だって、それを聴きに来てくれるお客さんがいるんだもの」

 

「僕はドメスティックな人間なんで、ハワイとか香港とかマレーシアに行く暇があったら、山形とか秋田のほうがいい。そこで真面目に働いている人々のために、僕は音楽を作ってきたので」

 

これら一連の "引用" から共通して猛烈に感じ取ることができるのは、

 

「それなりの年輪と圧倒的な実績を積み重ねながら、いまだ第一線で活躍する大ベテランならではの、説得力に溢れる "開き直り" のようなもの」

 

……である。来年に古希を迎える現役バリバリの「ポップス職人」から「僕の曲は基本的にワンパターンです」「僕はドメスティックな人間なんで〜」と淀みなく発言されたら、今年還暦を迎える「文筆職人」の端くれである私も、「ああ…ワンパターンな文章でもいいんだ」「英語が苦手でも日本語さえ美しく使えたら大丈夫なんだ…」と、拡大解釈的(笑)な勇気がもらえる。つい最近、どこかのインタビューでMr.Childrenの桜井和寿(52)も

 

「僕も含めてMr.Childrenはテクニカルなバンドではないけども、それでも愛してもらえる音っていうのは、マネできないものだろうなと。たまたまこうでしかありえない4人の音なんだけど、それを大事にしたいんですよね」

 

……みたいなことを語っていた。50代・60代・70代になって、もう物理的に抗えないことを後悔したり、無理やり変えようとしたりするのではなく、そこは冷徹に受け入れ、目の前にある "できること" をひとつ一つ潰していく──そんな客観性在りきの "開き直り" を経て、唯我独尊を貫く姿勢を示すことこそが、我々 "大人" が若い世代に向けて果たせる最後の役割、ご奉公なのではなかろうか。

 

ところで、達郎さんやMr.Childrenさんほどの輝かしい実績こそないけれど、ここ1ヶ月のあいだで私もあるきっかけから "開き直った" ことが、一つある。

 

「実際のところ私はあんまり頭が良くない!?」

 

……と。だが、この年で理解能力が飛躍的に向上するわけもなく、だったら頭が悪いなりに、しつこく取材対象へと食い下がり、粘り強い思考を時間が許すかぎり繰り返しつつ、日々の執筆活動に勤しむしかないのであった。

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