「園児にカッターの刃を出す」…ありえない保育虐待は、なぜ続いてしまったのか 日本の保育の現場が抱える悩ましい問題とは?

コラム

 

ジャーナリストで東海大学客員教授の岸田雪子氏が子育て周辺の課題を考える連載「Bloom Room」。笑顔の “つぼみ” を花開かせる小部屋です。今回は「保育の現場」について。
 

 

 子どもたちが楽しく過ごすはずの保育園。親御さんが安心して預けるはずの保育園で起きていた、数々の暴行、虐待。静岡県裾野市の保育園で元保育士3人が逮捕された事件は、社会に衝撃を与えました。
「園児にカッターの刃を出して脅す」「給食を食べない、水や牛乳を飲まないなどの理由から、日常的に暴言を吐く」などの不適切な行為に対して、他の職員らも「見て見ぬふりをしていた」疑いも出てきました。園長は「犯人隠避」の疑いで刑事告発されており、この保育園の組織環境そのものに、大きな疑念がもたれます。
犯罪行為は決して許されるものではありません。その一方で、この保育園だけの特異な問題なのだろうか、という問いも生まれます。虐待が常態化しても発見することすら難しい、今の保育園そのもののあり方を変える必要もあるのではないでしょうか。

 

 

 日本の保育園の現場は、そもそも過酷です。
たとえば保育士が世話する子どもの数は、「4、5歳児クラスで保育士1人に対し、子ども30人」と、OECD諸国で最も多い水準です。「1歳児クラスは保育士1人に対し、子ども6人」。自治体などによっては1歳児クラスも1人に5人以内にしているところもありますが、「待機児童を減らすため」なら6人まで世話することもできる、というルールなのです。泣いている1歳児、動く1歳児ら6人を、1人でみることの難しさは想像に難くありません。
早朝勤務や、休日出勤などのシフトもあります。「勤務時間が長いこと」「給与が低いこと」を理由にした退職者も多く、慢性的な人手不足に陥っているのが現状です。加えて、コロナ禍では検温や消毒、職員の欠勤もあり、「全く余裕がなかった」という現役保育士の声も聞かれます。

 

 

なぜ、保育園をとりまく環境は厳しいのでしょうか。それは、日本の保育政策そのものが、「女性が出産後も男性と同じように働くための環境整備」として進められてきたことに一因があると私は考えます。1994年に策定された、国の「エンゼルプラン」は、男女雇用機会均等法の流れをくんで、保護者が働く時間に合わせて「長時間の保育」が前提となりました。保護者が長時間労働であれば、保育士の負担が増える形です。
スウェーデンなど海外の乳幼児保育が、「子どもにとって適切な保育・教育のあり方」や「労働者の権利」が重視されたのとは、その成り立ちからギャップがあるのです。

 

 

 かつての日本人の長時間労働は、男性が働き、女性が家庭で育児を担うことで支えられてきました。その「男性並みの労働」に女性が合わせるよう強いれば、育児そのものが困難に陥ります。そして保育園を、「女性が男性並みに働く」ための受け皿として捉える限り、保育士の負担は軽減されにくく、「保育の質」を守る取り組みは、後回しになりがちです。ここに、日本の待機児童対策、少子化対策のいびつさがあると思えるのです。

 

 

本来、保育園は子どもの健やかな育ちを守り子育てを孤独にしないための、家族にとって必要な居場所であるはずです。親の就労に関わらず、誰でも子どもを預け、保育や教育を受けることができる保育園作りを自治体に義務づける形を、目指す必要があると私は考えています。

 

 

当面は、保育士が1人でみる子どもの数は、他の先進国並みに減らすこと、給与の改善も必要です。同時に、万が一の虐待や不適切な保育を防ぐために、行政による監査や、カメラの設置、内部通報の体制も改善が急がれます。
安心な居場所としての保育園が豊かなものであるために、保育家族政策を根本から捉え直す。変化が必要ではないでしょうか。

岸田雪子さんは、子育てと介護のダブルケアの日常を綴ったブログも更新しています。
よろしければ、是非ご覧になってみてください。
>>https://ameblo.jp/yukik042

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