オリラジ藤森や出川哲郎が有しているという「共学力」は婚活でもアドバンテージ説…について

コラム

 

『デイリー新潮』で、コラムニストの冨士海ネコさんが「共学力」ってヤツについて論じていた。

 

どういう「力」なのかっていうと、お笑い芸人に例えれば、『オリエンタルラジオ』の藤森慎吾(37)や出川哲朗(56)とかが……それに有吉弘行(46)あたりも持ち合わせている、ご覧のとおり世代にはあまり関係がないスキルであるらしい。

 

一言で言ってしまえば「異性のあしらいがナチュラルな人」のこと。男性なら、キレイどころも女性芸人もあくまで対等に接し、可愛くてもカン違いしている女性には決して媚も売らない……のだそう。そして、かつてはバリバリの男子校的社会だったお笑い界において、昨今はこうした共学力を有している芸人さんが再ブレイクを成しているという。ちなみに、不祥事芸人らのなかでは『チュートリアル』の徳井義実(45)が比較的早い復帰を果たせているのも、この共学力の有無が少なからず影響しているのではないか……と、ネコさんは分析する。

 

たしかに、異性を必要以上に異性と見なさないジェンダーレス的な風潮がにわか高まりつつあるここ数年、共学力に秀でている人は、男子校・女子校意識の強い人たちより、いろんな面で得をしている……ような気がしなくもない。

 

たとえば、婚活。「彼氏や彼女が欲しいから」といって、合コンや婚活パーティばかりにスキあらば参加している人たちの“その後”を尋ねてみても、「恋人ができました!」みたいな色良い報告はほとんど耳にしない。おそらく、相手を彼氏・彼女対象として過剰に異性扱いしてしまうがゆえ、“品定め”の基準が「可or不可」の01的なデジタル方式で、いったん「不可」のジャッジを下すと、その相手をバッサリ切り捨てちゃうのだろう。「可もなく不可もなく」といった、いわゆる“曖昧層”をつなぎとめておかないのだ。

 

私の経験上、「どうしてなのか、すぐに彼氏や彼女ができる人」は、そういう「異性との出会い」のみを露骨なかたちでセッティングされた会合には原則として顔を出さない。「男性5人に女性2人」だとかの歪(いびつ)な男女比の、とくに「異性との出会い」を念頭には置いていない飲み会なんかに「面白そう」だったら参加し、そこから「可もなく不可もない相手→一緒にいても不愉快にはならない相手」を“も”同性・異性問わず、マメにピックアップし、あとへとつなぐ。そうすれば「可もなく不可もない相手」が、いずれは「素敵な恋人候補」を紹介してくれるかもしれない。出会いの確率はネズミ算的に格段と広がっていく……。

 

拙書『モテと非モテの脳科学〜おじさんの恋はなぜ報われないのか〜』(ワニブックスPLUS新書)で、共著者である脳神経外科医の菅原道仁先生は、こんないいことをおっしゃっている。

 

「モテるためにはモテようとしないこと」

 

つまり、相手にお金や時間や労力を費やしたからといって、その見返りを求めたら、人は“モテ”から縁遠くなる……という理屈である。相手が異性であることにこだわりすぎて、つい「ギブアンドテイク」の関係を築こうとしてしまい、たった一回や二回のデート(下手すりゃLINEの交換のみ)で、「やっぱ違う…」って顛末に……。まずは相手を“異性”じゃなく“人”として接したら、いらん期待をせずに済む。結局のところは、「ギブアンドギブ」の精神こそが「共学力」の源となる……ってことなのではなかろうか。

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