「五輪中は臨時列車」と「テレワークを」が並列する広告を「ロックな中吊り」と評したツイートが話題に!? ならば「ロックな〜」とは具体的にどういう状況を指すのかを考える
東京五輪・パラリンピックの大会期間中、首都圏を中心に20の鉄道事業社は、深夜などに臨時列車を運行することを発表。観戦者の移動手段の確保や混雑緩和のため、東京都と五輪大会組織委員会が中心となって調整を進めており、その一環として(都と大会組織委を広告主とする)「同臨時列車についての告知」とともに「テレワークや時差通勤への協力」を求める中吊り広告が7月から掲示され、「矛盾している」との声がSNSを主とし、多く寄せられているという。
問題となっている横長の中吊り広告の(向かって右側)3分の2には「(大会時は)臨時列車を運行します」と大きな文字が。さらに残り3分の1のスペースには「『テレワーク・オフピーク通勤』『感染拡大防止』に引き続きご協力をお願いします」「おウチでも東京2020大会観戦を」との記述も“並列”されている。そして、朝日新聞によると、これらの広告を受け、ツイッター上では「ここまで矛盾した広告を見ることも珍しい」といった旨の投稿が目立ち、なかでも
「ここ数年で一番ロックな中吊り広告だと思う」
……といったツイートには7千を超える「いいね」がついた……らしい。
JR東日本の深澤祐二社長が7月6日の定例記者会見で
「無観客になれば、深夜輸送の必要はなくなる」
……と、無観客の場合は運行を取りやめる考えを示唆しているため、おそらくこの中吊り広告はまもなく撤収され、やがて潮が引くように“無きもの”と化していくことが予想されるが、そうなる前に私は7千もの「いいね」を集めた「一番ロックな中吊り広告」なるツイートに使用されている「ロックな〜」というワードについて、あらためて考えてみたい。はたして、どういう状況のことを(一部の)人々は「ロック」と表現するのだろう……???
伊坂幸太郎氏の小説『ゴールデンスランバー』に、「ロックだね〜」を口グセとする男性宅配便業者が脇役として登場する。その男性は
「俺がロックを好きなのは、とにかく単純で分かりやすいからなんだよ。ギターで、じゃかじゃ〜ん、ってコード鳴らせば、その瞬間、面倒なことなんてどうでもよくなっちまうだろ。ややこしい理屈とか言い訳なんていらねえし」
……と、自分なりの「ロック論」を(小説内で)語っているが、これはなかなかに“良いヒント”となる、示唆的な名言だと私は思う。
つまり、(ロックを深く愛する者からのさまざまな異論を承知で)誤解を恐れず言ってしまえば、思想としてのロックとは
「シンプルな音に乗せて力強いメッセージを発信すること」
……にあるのではなかろうか。
そこには副次的な要素やしがらみに縛られることによって、あらゆるものが削ぎ落とされた「キレイ事」は存在しない。「感染拡大防止をさんざん促すいっぽうで東京五輪は強行する」といった「矛盾」には目もくれず、「臨時列車の運行」と「テレワーク・オフピーク通勤への協力」を批判も恐れず同時に要請する──こうした「躊躇の無さ」は、ある意味「ロック」であり、したがって「一番ロックな中吊り広告」の「ロックな〜」は、ある意味それなりに正しい使い方……なのかもしれない。